犬物語 (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)

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  • Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784884184568

作品紹介・あらすじ

わずか40年の生涯で200近い短篇を残した作家、ジャック・ロンドン。代表作「野生の呼び声」を含め、柴田元幸が精選・翻訳した珠玉の作品5篇を読者に贈る。

感想・レビュー・書評

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  • 犬好きの身としてはとてもうれしい犬が主人公の本。しかも出てくるのは自分の好きなハスキーとかああいった見かけの犬だ。

    「ブラウン・ウルフ Broun Wolf」(エヴリボディズ・マガジン1906.8月号)
    夫婦二人で暮らす家にどこともなくやってきたウルフ。だが飼いならすと北へ逃げてしまうのを何度も繰り返す。ある日北から男がやってきた・・
     解説によると、この犬は1905年にロンドンが行った船旅に同行させた、クロンダイクの住人から譲り受けた犬がモデルとのことだ。

    「バタール Batard」(コスモポリタン1902.6月号)
    「地獄の申し子」の犬、バタール。飼い主も犬の鬼気を感じつらく当たるが、バタールは逃げない。
     「バタール」の姉妹編として「野性の呼び声」を書く気になったという。

    「あのスポット Yhat Spot」(サンセット1908.2月号)
    こちらも一筋縄ではいかない意思を持った犬と飼い主との話。
     とてもずるがしこい犬で大金をはたいたのに橇はひかない、肉は盗む。飼い主は犬を売り飛ばすが、買い手もすぐに音をあげ手放してしまう。そして犬は元の飼い主のところに戻ってくる。何度もこれを繰り返し、今は定住した俺の家に居座っている。しかしその性ワルの根性はそのままだ。

    「野性の呼び声 The Call of the Wild」(週刊誌ザ・サタデイ・イヴニング・ポスト1903年夏に4回に分けて掲載)
    小学高学年の頃読んだことがあった。児童向けの本だったのだろうが、ずっと後まで今も心に残っている。といって覚えているのは「・・それは野生の呼び声だった」というような最後の所。最初、家に飼われていたのも、途中橇をひいたのも忘れていた。改めて読んでみると、ほんとにおもしろい。犬じゃなく「ベン・ハー」みたいな逆境をものともせず、といったスーパー人間みたいだ。ほかの犬たちもそれぞれ個性的だ。確かに犬はそれぞれ性格が異なる。書かれた当時のカナダの金鉱の状況、グーグルで地図を見ながら、ユーコン川やドーソン、ホワイト峠など地図や写真でみながら想いを馳せるた。
     最後の主人、ソーントン、心から好きになれた主人なのに、東へ幻の金鉱を探しに行く時点でなんとなくいやな予感はしたのだが・・ このソーントンや橇引き人、犬の仲買人含め人間をも自然の中で生きる点になっている気がした。


    「火を熾す To Build a Fire」(1902年版)(Youth's Companion1902.5.29日号)
    後に1908年に書き直し?同じ「火を熾す」として発表。これは断然後の1908年版のほうがいい。この1902年版は、カナダクロンダイク地方を歩く男が行程で火を熾す、という設定は同じだが、犬は出てこず、単なる男の思い出話といった趣。ので、結末も異なる。犬がいるといないのとではこうもちがうか。


    2017.10.28第1刷 図書館

  • 『軽い荷物を背負って、彼はユーコン川ぞいのカルメット野営地を発った。そこからポール・クリークをのぼって行って、ポール・クリークとチェリー・クリークの分水嶺まで行く。そこまで行けば、仲間たちが鉱脈を探し、ヘラジカを狩っているのだ。寒気は華氏にして零下六十度だった。独りで踏破すべき道のりは五十キロ。だがヴィンセントにはそれも気にならなかった。それどころか、楽しいくらいだった。静寂の地を闊歩すると、血は温かく力強く血管を巡り、心は気ままで愉快だった。何しろ彼と仲間たちは、チェリー・クリークの分水嶺で有望な「鉱脈[ペイ]」に行きあたったことを確信していたし、それに彼は、ドースンから本国の家族たちの陽気な手紙を携えて仲間の元へ戻っていく最中だったのである』―『火を熾す【1902年版】』

    「犬物語」と題されたジャック・ロンドンの短篇集。柴田元幸翻訳叢書の「アメリカン・マスターピース古典編」の「火を熾す」を読んで興味が湧き、手を伸ばす。柴田さんのあとがきにもある通り、五篇の内の四篇は本の題名通り犬が登場する物語だけれど、1902年版の「火を熾す」には犬は登場しない。ただし、後に出版された版では犬が重要な役割として登場するし、本書に納められたカナダの大自然と格闘する他の犬たちと同じように、自然と一体化するでも完全に人間の側に付くでもない存在として振る舞う。両篇の違いは柴田さんの解説にある通り決して小さくはないけれど、主人公である男の名前が消された他にもユーコン川沿いの地名の変更や、気温の変更(零下60度から50度へ)、「(金)鉱脈」を探している段階から長く「採鉱」している段階へと移行していたりするが、そこに作家の心情の変化を読み解いたりすることもできるのかも知れない。因みに、実際にカナダで金鉱探しをした経験を持つジャック・ロンドンは用語などにも通じているようで、ペイ(Pay)とは金や石油などを掘り当てるかつての山師たちが使い始め今も石油業界でも使われる言葉で、採鉱・採掘の対象となる地層などのこと。「金になる」という意味合いから(WiKiにも記載あり)。とすれば地名なども実際の土地を思い浮かべて書いているだろうとの推察もでき、調べてみると、ユーコン川沿いのドースン(Dawson)はカナダ・ユーコン州の町。一方で、ポール・クリーク(Paul Creek)とチェリー・クリーク(Cherry Creek)、カルメット野営地(Calumet Camp)は実在するかは不明(少なくともユーコン政府発行のインデックス「INDEX TO CREEKS AND TRIBUTARIES(小川と支流の索引)」には見当たらず)。

    『これはどう見ても零下五十度より寒い。五十度よりどれくらい寒いかはわからない。だが温度などどうでもよかった。男はヘンダスン・クリークの左側の支流にある、仲間たちが一足先に行っている古い採鉱地へ向かっている。彼らはインディアン・クリーク流域から分水嶺を越えて採鉱地へ行き、男だけは春にユーコン川の島々から丸太が採れる可能性を探ろうと遠回りの道を選んだのだ。六時までには着いて野営できるだろう。たしかに日はその少し前に暮れているだろうが、あっちには仲間たちがいるのだし、火があかあかと燃え、暖かい夕食が出来ているにちがいない』―『火を熾す』

    そして何より、物語の語られ方に大きな変化がある。1902年版の物語は無鉄砲な主人公が大自然の脅威を初めて体験した如何にも物語という感じの展開であるのに対して、後年の版では男の年齢は不肖ながらも1902年版よりは歳を重ねているように読めるし、大自然の怖さを身を以て経験してきたかのような雰囲気も漂う。大騒ぎすることも無く、犬との吹雪の中の行進が静かに語られる。全く可笑しな例えだとも思うけれど、その違いは「青大将」と「五郎」の違いと言ったらいいだろうか。もちろん、どちらも田中邦衛の顔を思い浮かべているのだけれど。因みに、ヘンダスン・クリーク(Herderson Creek)はドースンの南約70kmにある。インディアン・クリーク(Indian Creek)はドースンの南東60kmのユーリカ川(Eureka Creek)の支流と上述のインデックスには記載がある。この場所は小高い地形ブラック・ヒルズの中腹にあり、「分水嶺を越えて」という記載とも一致する。

    「火を熾す」の他にも魅力的な作品が並ぶけれど、やはり「野生の呼び声」が本書の中心なのだろう。分量も他の短篇よりも四、五倍ある。柴田さんの解説によれば、この物語の主人公たる犬の「バック」には作家の生き様、あるいは信条のようなものが投影されているとのことだけれど、人と人の間に生じる軋轢に対して正義感のようなもので対峙しようとしながら打ち負かされる人生に倦んだ作家が、この主人公の犬のように本能と自然から得た知恵を頼りに生きてゆく在り方に理想をみたというのも解るような気がする。皮肉なことにこの一作をもってジャック・ロンドンという作家は流行作家となるのだけれど、その内なる葛藤を鎮めることは終生出来なかった訳だ。

    ところで、短い人生の間に多くの作品を残したというこの作家を読むには、柴田元幸の翻訳で読むのが個人的には一番しっくりとするような気がする。と言う訳でもう一冊読むことになる。

  • よんでみた。「野生の呼び声」がはいっている。やっぱりいいな。しびれる。トルストイの『イワンの馬鹿』と同じくらいいい。「野生の呼び声」は1903年以来、一度も絶版になっていないという小説で、初版1万部が一日で売り切れたといわれ、1947年までに全米で600万部売れたという。文明化された人間、卑小な人間、残虐な人間、愚かな人間、愛情深い人間などがでてくる。『白い牙』とは反対の話で、文明から野生にという話です。なんとなく、アメリカの「第二の宗教」みたいなものを感じる。

  • 数年前に読んだ『火を熾す』がすばらしく、ロンドンのほかの本も読みたいなと思いつつ数年。
    多くの作品を残したロンドンだが「その作品群のなかで、犬は人間に次いで二番目に重要な動物である」と訳者の柴田さんは言う。そこで、これは「犬の話」にしぼった短・中編。
    まず最初の「ブラウン・ウルフ」に泣く。
    だが、ところが、次からの数編は決して「ペット」に甘んじない、というか人間にはおもねない誇り高かったり、邪悪だったり、の犬たち。人間の一枚上手をいくどころか、とうてい叶わない賢さを持つ動物たちである。
    小さい頃におそらく抄訳で読んだ「野生の呼び声」は、賢い飼い犬のバックがどんどん荒々しくなっていくのがなんだか悲しかったものだ。いま、柴田さんの素晴らしい訳で読むとロングセラーも頷けるすばらしい文学作品であった。
    最後の一編はおまけのように犬とは無関係の「火を熾す」も収録されてあり、これが嬉しい。言ってみれば雪の中で火を熾すまで、ただそれだけなのにスリリングな一編。

  • 犬が主人公の作品集。犬の目を通して人間を描く、ではなく、本当に犬そのものがメイン。読んだからといって共感したり教訓を得たりはできないのだけど、何だろう、この読後の深い充足感は。

  • 短編『火を熾す』でジャック・ロンドンを知り、短編集2冊めになります。

    あのスポットのような楽しい短編もあるんだと発見もありました。

    次は長編も読んでみたいと思います。

  • 作品紹介・あらすじ

    柴田元幸翻訳叢書 待望の新刊!
    生か死か、勝つか負けるか、犬か人かーー。
    第1弾『火を熾す』から9年、満を持して贈る『犬物語』は極北の大地を舞台に犬を主人公にした物語集。 代表作「野生の呼び声」を含め、柴田元幸が精選・翻訳した珠玉の5篇。
    収録作品
    「ブラウン・ウルフ」
    「バタール」
    「あのスポット」
    「野生の呼び声」
    「火を熾す(1902年版)」
    四六判上製 232ページ

    *****

    全5編を収めた短編集。うち4編が犬を主人公に据えた物語で、残りの1編「火を熾す(1902年版)」も後に犬を登場させた「火を熾す(1908年版)」の元となる作品。

    翻訳された柴田氏も語っているけれど、ここに登場する犬は愛玩のそれではなく、もっと自然界に近い存在、人間と同等あるいはそれ以上、あるいは人間と敵対する存在として描かれている。「バタール」においては「地獄の申し子」であり、「あのスポット」では狡猾な存在として登場する。

    どの作品も面白いのだけれど、やはり「野性の叫び声」が飛びぬけて面白い。面白いのだけれど、重箱の隅を突いていると、気になる点もある。一つは「バック」という犬の思考がバック本人の視点として描かれている場面が多いのだけれど、でもこれってやはりジャック・ロンドンの視点だよね、犬が本当はどう考えているかわからないよね、とか。これなんかは野暮な考えだと思うし、面白く読んでいる自分に対して水を差す行為にもなるので、あえて深くは考えなかったけれど。あと、アメリカ原住民(本書ではあえて「インディアン」と書かれている)が悪者として登場するけれど、これって白人側からみた杓子定規的な扱いのようにも思えた。

    そういえば今年(2023年)のお正月に、CSでハリソン・フォード主演による「野性の叫び声」の映画が放送されていたけれど、かなりソフィスティケイトされていてあまり面白くはなかった。

    最後に収められている「火を熾す(1902年版)」は、前出のように「火を熾す(1908年版)」の元になった作品。数ページのみの小品であり、教訓譚みたいな内容。犬が登場してくる「火を熾す(1908年版)」の方が圧倒的な緊迫感があり、断然に面白い。

  • 愛犬家であれば「あるある」と思うようなエピソードが満載だから動物小説の古典とされるのだろう/犬は野外生活ではハンターである主人と協働して「ヒト以上に役立つ」存在であった。言葉を話さないだけ、世話してくれるニンゲンを裏切ることばをしない。犬とは“文明化”された狼、という認識で、現代人(20世紀の欧米人)は文明化はヒトを軟弱にし官僚主義で“創造的破壊”が絶え。ヒトがルーティンワークで痴呆化するだけに、正面衝突すれば押し負ける/『荒野の呼び声』では(犬の)性欲が悲劇の遠因となった…犬狼に復讐の概念があるかなあ

  • 犬と人間はやっぱり切っても切れない間柄。
    だけどそれは単純な主と従のような間柄だけではなく。
    この本の中には、ただただ猫っかわいがりされてる犬とか一匹もでてこない。
    仕事を持ち、その仕事に対して様々な姿勢を示す。
    働くことがその生の根底にある犬たちの姿。
    シートン動物記好きな人はこれも好きなような気がします。

  • 犬はすごい‼️

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著者プロフィール

1954年生まれ。東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、スチュアート・ダイベックなどアメリカ現代作家を中心に翻訳多数。著書に『アメリカン・ナルシス』、訳書にジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒けん』、エリック・マコーマック『雲』など。講談社エッセイ賞、サントリー学芸賞、日本翻訳文化賞、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌『MONKEY』日本語版責任編集、英語版編集。

「2023年 『ブルーノの問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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