• Amazon.co.jp ・本 (699ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784891765286

作品紹介・あらすじ

出世作「おかかえ猟師」から最後の作品「いいなずけ」まで、時代を越えて世界中で愛されている小説の代表作・傑作全29編収録。

感想・レビュー・書評

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  • ■書店に、チェーホフ全集が並ばなくなって久しい。「六号室」「かわいい女」「犬をつれた奥さん」など、後期の傑作は文庫で読める。戯曲の人気は相変わらずで、これもまた文庫で手に入る。文学全集やアンソロジーに所収されているものも探せば数ある。でも、それだけでは短編作家チェーホフの魅力、多面性を味わえないし、とにかく、彼の残したたくさんの宝物が眠ったままでいるのは、あまりに惜しい。
    ■池田健太郎、神西清、原卓也共訳の中央公論社の全集では短篇が507本読める。筑摩の松下裕個人訳で127 本。どちらも残念ながら古本屋でしかお目にかかれない。だからこそ、この松下訳の「チェーホフ小説選」はありがたい。今、チェーホフの短篇に出会うにはいちばんの近道だろう。編者も、宝物の山から所収の29篇に絞りこむには、ずいぶん迷われたに違いない。
    ■本の扉を開くと、いろんな人たちと出会うことになる。生まれて、生きて、死んでいく……そんな同じ運命の、読書する「わたし」と同じ、人間たち。
    結婚はしても、一生分かりあうことのない男と女がいる(おかかえ猟師)。息子を亡くしてふさぎの虫にとりつかれても、話し相手のいない辻橇屋がいる(ふさぎの虫)。夫より愛する男を夜毎訪ねて自分を埋める女がいる。(アガーフィア)。人生に輝きを与えてくれたたった一人の友人を亡くした男がいれば(聖夜)、息子をみとったばかりの医者は往診を頼まれて小さな亡骸を残し出かけていく(敵)。奉公先の辛さといじめに堪えきれずに、幼い子が配達されない手紙を書く(ワーニカ)。良識ある父親は、息子にタバコをどう言ってやめさせようかと悩み(家庭で)、老人は埋蔵されたままの宝物を語り(幸福)、牧夫は自然の中での定点観察から、人間と世界の終わりを語る(牧笛)。ひと間違いでキスされたことだけで、人生が違って見えてくる青年将校(くちづけ)。自閉して、周囲の変化や規則の逸脱を恐れる男(箱にはいった男)。自分の領地を持つという夢にとりつかれた役人(すぐり)。ある少年は、現実からアメリカへ脱走しようとし(少年たち)、ある少年は、大人への通過儀礼のように、曠野を荷馬車で旅をする(曠野)。自他ともに認める上出来の人生でも、その終焉を孤独と諦観で迎える人もいれば(退屈な話)、失敗の人生に気づいたときにはもう生き直せない、そんな哀しみに暮れる人もいる(ロスチャイルドのヴァイオリン)。
     チェーホフの描いた人間たちは、みんな懸命に生きている。十九世紀ロシアに生きる彼らは、二十一世紀日本に生きるわたしたちとほぼ変わりなく生きている。そして、彼らを見つめるチェーホフの眼は、限りなく優しい。シニカルなペシミストと思われがちな作家だが、それは真っ直ぐに世界を映したからだ。人生というものが、時として優しくないだけのこと。無数の生きる喜びの裏には無数の生きる哀しみがひそんでいるのだ。
    ■松下氏の翻訳は、平明でとても読みやすい。伝統的に漢語が多くて固いロシア文学翻訳文体から一足飛びに現代語になっている。逆にそこに物足りなさを感じる向きもあるだろうが、まずは読みやすいに越したことはない。それでなくても、ロシア人の長かったり愛称がたくさんあったりする名前だけで、最初はとっつきにくいのだから。
     選り抜かれた短篇たちは、執筆順に並んでいる。20歳でデビューした彼の25歳の作品「おかかえ猟師」からではあるが、頭から読んでいけば、作家の変化も十分に感じ取れるだろう。「六号室」「中二階のある部屋」や「谷間」などの有名な作品の世界も、作家の足跡を追うことで、新しい光を放つかもしれない。そして、もしかしたら、もっとたくさんのチェーホフに出会い

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