『従妹ベット』1847年・・・風俗研究(パリ生活情景)
『姉妹ベット』は、バルザック晩年の作品で、「貧しき縁者」という冠題で『従兄ポンス』と括られている。
今回、『従妹ベット』をテキストとしたバルザックの専門家のお話を聞く機会があり、その講義の前に読むことにした。
一言で書くと『従妹ベット』は、読み応えたっぷりの秀作であった。
『従妹ベット』のベットとは、リスベット・フィシェールの呼称である。リスベットは、色黒でゲジゲジ眉、イボがいくつもあって猿に似た面立ち、痩身なのに大根足と散々な描写をされている。
リスベットの従妹のアドリーヌ・ユロは、リスベットより、5最年長でありながら、耀くような美貌とイノセントな気性の女性で、若いうちにユロ男爵に求婚され、ヴィクトランとオルタンスという二人の子どもにも恵まれている。
リスベットは、幼少の頃から、アドリーヌと自分の差異に打ちのめされ、恨みを抱きながらも、アドリーヌが玉の輿婚をすることになってから、自分もその幸運の末席に鎮座しつつ人生を送っている。
リスベットとアドリーヌを対照的に丹念に描くことで、二人のキャラクターが早期から明確に浮かび上がってくる。
ユロ男爵邸から、少々離れた場所に暮らすリスベットは、秘かに自殺しかけたポーランド人のシュタインボック伯爵を助け、世話をしていた。そのことが、リスベットの唯一の生きがいであり、自分の存在価値を確認し得ることだったのに、母親にに似て美しいアドリーヌの娘のオルタンスが、あっさりと彼を掻っ攫い結婚してしまう。
憤怒と憎悪がメラメラと燃え上がったリスベットが手を組んだのが、同じアパートに住むマルネフ夫人ことヴァレリーだった。
ヴァレリーは、国防省の下級役人のマルネフと結婚しているが、とんだファム・ファタールで、ユロ男爵のみならず、シュタインボック伯爵、クルヴェルと次々と男の人を簡単に落としていく。
彼女の魅力にメロメロになったクルヴェルはユロ夫人に言い寄ったり、ユロ男爵とクルチザンヌを取り合ったりする。彼は、セザール・ビロトーの一番店員で、彼の店を買い、その後、大金持ちになった。最終的に彼とヴァレリーは結婚するのだが、彼らの最期がこれまた凄まじい。
バルザックの講義は、ヴァレリーのファム・ファタール性に焦点をあてたものだった。
フランス文学において、宿命の女の存在は必須であるともいえ、その類型まで定義されている。
『従妹ベット』はさまざまな見地から読むことができる小説だといえる。
タイプの違う、女三人のそれぞれの人生。
歯止めのきかない好色な男たちの身の振り方。
パリに蠢く名誉と金の陰謀。
真実の幸せと愛の行方。
復讐のシナリオとその実行。
とにかく、『従妹ベット』は読ませてくれる。傑作である。
ビアンション医師をはじめ、再登場してくる人物たちも他の作品以上に魅力的に描かれている。
本篇は、東京創元社から昭和49年に出されたバルザック全集第19巻のものを読んだ。
訳は、水野亮さん。
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■小説89篇と総序を加えた90篇がバルザックの「人間喜劇」の著作とされる。
■分類
・風俗研究
(私生活情景、地方生活情景、パリ生活情景、政治生活情景、軍隊生活情景、田園生活情景)
・哲学的研究
・分析的研究
■真白読了
『ふくろう党』+『ゴリオ爺さん』+『谷間の百合』+『ウジェニー・グランデ』+『Z・マルカス』+『知られざる傑作』+『砂漠の灼熱』+『エル・ヴェルデュゴ』+『恐怖政治の一挿話』+『ことづて』+『柘榴屋敷』+『セザール・ビロトー』+『戦をやめたメルモット(神と和解したメルモス)』+『偽りの愛人』+『シャベール大佐』+『ソーの舞踏会』+『サラジーヌ』+『不老長寿の霊薬』+『追放者』+『あら皮』+『ゴプセック』+『名うてのゴディサール』+『ニュシンゲン銀行』+『赤い宿屋』+『ツールの司祭』+『コルネリュス卿』+『セラフィタ』+『フェラギュス』+『ランジェ公爵夫人』+『金色の眼の娘』+『ルイ・ランベール』+『海辺の悲劇』+『アデュー』+『社会生活の病理学』+『毬打つ猫の店』+『フィルミアニ夫人』+『ファチーノ・カーネ』+『従妹ベット』+『総序』 計38篇