- Amazon.co.jp ・電子書籍 (270ページ)
感想・レビュー・書評
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アガサ・クリスティの誰も死なないミステリー。でも殺人事件よりもある意味怖かった。
有能な弁護士の夫と3人の子供達に囲まれ順風満帆の人生だと思っていた主婦ジョーン。
家族のためと思っていたことは、実は自分の自己満足のためだったのではないか…。
家族や人生についての自分の認識に疑念を抱き、今まで気づかなかった真実に気づいていく…。
読む人によって解釈や感想は違う本だと思う。自分はジョーンのような親ではないと思っているけど、自分が思っている自分と、他人が思っている自分はどのくらい差があるんだろうか…と読み終わった今でもずっと考えている…。
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確か初めて読んだのは小学生の頃だった。全くもって理解できず、途中で放り投げた覚えがある。
主人公は拠ない事情で手持ち無沙汰な数日を砂漠で過ごさねばならなくなった中年女性だ。彼女はいつでも正しく、善良で、間違いなど起こさない、正義の側にいる人間であると自負している。人生に失敗した(と彼女が考える)者たちは愚かであったせいだと軽蔑すら感じている。
だが持て余した時間は彼女の頭の中で彼女自身の過去をほじくり出す。果たしてあれは、正しいことであったのか?
中年女性となった私はこれを読んで心の底から恐怖している。「果たしてあれは、正しいことであったのか?」クリスティは私に問いかける。やり直しのきかない歳になった私は呆然と私自身の過去に対峙している。
栗本薫氏の解説が秀逸! -
嫁いだ娘を見舞い、バグダッドからイギリスへ帰る途中、ジョーンは女学校時代の友人・ブランチと偶然再会する。波乱万丈の人生を送ってきたブランチに同情し、自分の生き方に満足をおぼえたジョーンだったが、列車乗り継ぎに失敗して砂漠で手持ち無沙汰な五日間を過ごすうち、今まで直視しないでいた自分の姿と向き合うことになり……。夫婦や家族という一番密な人間関係に覆い被さる認知の歪みを描いた心理小説。
最初は自分の暮らしの充実っぷりをアピールせずにいられない保守系主婦のインスタをつい眺めてしまうような気持ちで楽しむイライラエンタメなのだが、ミステリー仕立ての回想シーンに引っ張られて読み進むと、どんどんジョーンの弱さを通して自分の弱さと向き合うことになる、そういう恐ろしいところのある小説だ。他人(家族含む)をコントロールしたいという欲望や、「幸せに見られたい」という見栄、「あの人よりマシ」という優越感は誰の心にもあるが、肥大すると手につけられなくなる。本屋ではジェーン・スーの本と一緒に陳列してほしい。
途中までは「ロドニーなんでジョーンと結婚したんだよ」と思っていたが、安定を手放すことも悪人になることも選ばなかったロドニーは結局ジョーンと似た者同士なのだろう。だからこそレスリーに憧れていた。ジョーンは自分にコンプレックスを感じさせる人を遠ざけてしまうが、ロドニーは自分のコンプレックスを受け入れて相手を尊敬することができた。それが彼の美点だ。ロドニーの上着に挿した赤いシャクナゲがレスリーの墓碑に落ちるシーンは、この小説屈指の静かな名場面である。
ジョーンは結局自己開示に失敗し、今まで通りの自分を選んでしまう。それを予見したサーシャの台詞を読み返すとまた痛いのだが、ジョーンが砂漠で神に祈ったことは無駄だったかといえばそうではないと私は思う。自分で自分を信じられなくなった人にこそ、神に祈るという行為が必要なのだと思うからだ。ジョーンはそれをあまりにドラマチックに捉えたがために、砂漠を離れると同時に反動がきてしまったのだが、この後も砂漠での祈りがフラッシュバックして彼女を少しずつ変えていかないとも限らない。ジョーンと同じく聖人ではない読者は、その力を信じたいと思う。
それにしても、こんなに内省的で地味な話をちゃんと面白く読ませるクリスティーはやっぱりすごい。物語の推進力にミステリーの構造を使ってエンタメに仕上げていると同時に、端々に読了後も意味が定まりきらない小さな謎がぽつぽつと散りばめられていて、砂利のなかで光るビーズのように印象に残る。レスリーとエイヴラルはジョーンから遠いだけに奥深い人物造形で謎が多く、別の角度からも彼女たちを見てみたいという気持ちにさせられた。こういう奥行きが、単に中年女性のミッドライフクライシス小説を読んだという以上のものを心に残してくれる。 -
夫と三人の子に恵まれ家庭に充ち足りた裕福な夫人。結婚した娘が病に倒れ、看病のため中東へ。英国への帰国途中、列車のトラブルで足止め。有り余る時間のなか夫人は内省に耽る。そこで自分は誰からも愛されていなかった事実と、それに気づいていたが見ぬふりを続けた自身の怯懦を悟る物語。己を客観視できない者とその家族の悲劇はどんなホラーやミステリーより背筋が寒くなる。
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最初に読み終えた時の衝撃は
いまでも 忘れられません。
ミステリーの女王 クリスティが描いた
誰も殺されない
でも 心底ゾッとする
静かな静かなミステリーです。
主人公は、夫と二人の子どもに恵まれた
初老の婦人 ジョーン。
家族や友人に頼りにされ
"良妻賢母"としての人生を謳歌しています。
そんな折、娘の看病で訪れた
バグダッドからの帰途。
悪天候で 列車が立ち往生したことから
ふと、過去の記憶を手繰り寄せ
吟味していくうちにー
というストーリー。
「自分が知る自分像」
「自分が信じ込んでいる自分像」
それが、足元から覆されてしまったらー。
一心不乱に織り上げてきた
タペストリーの柄が
実は、全く違う模様だった
って、こんなに
恐ろしいことはないですよね。
クリスティが描く女性像には
時代を超えたリアリティがあって
「いるいる、こんな人!」
と 誰かと言い合いたくなります。 -
自分の人生について
生き方、考え方について
越し方行末をじっくりと考えることは怖い。
その時、その時は、最善と思って決めたことも
自分の価値観、考え方の癖、
そして、別の答えを選ぶ怖さもある。
灼熱の砂漠の中、ジリジリと焼かれるように
過去を見つめ、考えさせられる主人公。
誰の心の中にもいる人なのかもしれない。
いつかはいなくなる人生の生き方について
さまざまな視点から考えさせられた。