夜愁 下 (創元推理文庫) [Kindle]

  • 東京創元社
4.00
  • (0)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 14
感想 : 1
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (298ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 1947年、ロンドン。ズボン姿で街を闊歩する女性、ケイが下宿する屋敷の大家はクリスチャン・サイエンスの〈施術〉を行い、マンディ老人と付き添いの青年ダンカンが足繁く通う。ダンカンの姉ヴィヴは妻子のある男と長年不倫関係にあり、ヴィヴの同僚ヘレンは同性の恋人ジュリアと一緒に暮らしている。秘密を抱えた人びとと、戦中・戦後のロンドンの〈夜〉を描いた群像劇。


    ついにサラ・ウォーターズの既訳作品を読み終えてしまったという充実感と喪失感。読むのが最後になった本作は、今までのどの作品とも違っていた。
    ウォーターズといえば、『半身』や『黄昏の彼女たち』のように、内省的なトーンの語りのなかに謎がちりばめられ、熾火のような恋のゆくえをハラハラ見守っていたかと思うと、とんでもない方向へ急展開していく事態にぶちのめされる、ジェットコースターのような小説の書き手というイメージが強い。ディケンズへのオマージュにあふれた傑作『荊の城』は勿論として、既読作品は全部エンタメとして楽しんできた。
    しかし本作では持ち前の前半と後半でジャンルごとガラッと変えてしまうような急展開はなく、戦後すぐのロンドンでそれぞれに緊張感ある暮らしを送る人びとの姿が静かに描写されていく。1947年、44年、41年と時を遡る三部構成になっていて、第一部で提示された謎の全容はたしかに第二・第三部で明かされるが、それも他のウォーターズ作品のように劇的なカタストロフがあるわけではない。登場人物をとんでもない状況へ放り込むのがこの作家の得意技だが、本作の場合、一番の〈とんでもない状況〉は戦争そのものだからだ。
    戦中の女性の仕事(特にケイとミッキーがいた救急隊の様子)や同性愛者たちの日常を丹念に描写した44年の部がとても面白い。ケイとジュリアというマチズモを抱えた女性ふたりのあいだに挟まれたヘレンの三角関係も。解説の若島正も言うように、本作は1940年代の同性愛そのものをメインテーマに据えたまぎれもない恋愛小説だ。アレックとダンカンの最後と、ヴィヴとレジー/ヘレンとケイの出会いを対比させた第三部は、戦時下における恋愛群像劇の絶望と希望を、強烈なコントラストをもってクッキリと読者の胸に焼き付ける。最後の一行を読んだあと、もう一度読み返す第一部ラストの苦さったら……。『エアーズ家の没落』や『黄昏の彼女たち』でも、「読者をこんな気持ちにさせるなら登場人物のこと好きにさせないでよ」と思ったけれど、鬼畜度では本作がその二作を上回るかもしれない。
    基本的に恋愛小説を読まない私がウォーターズの恋愛描写大好きなのは、まず歴史小説やエンタメとしてめちゃくちゃ面白いからというのもあるけれど、どんなに幸せそうな恋愛でも絶対に地獄を見せられるからというのも大きいと思う。今作の堕胎シーンもトラウマレベルでしたね(笑)。ダンカンのセクシュアリティをはっきりさせないまま、フレイザーへの淡い想いを描き切ったのもよかったなぁ。やっぱり上手な人だなぁと関心しきり。本当にどれ読んでも面白いので信頼している作家なんだけど、新作もう書かないんでしょうか。

全1件中 1 - 1件を表示

サラ・ウォーターズの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×