経済学者 日本の最貧困地域に挑む―あいりん改革 3年8カ月の全記録 [Kindle]
- 東洋経済新報社 (2016年10月7日発売)
- Amazon.co.jp ・電子書籍 (486ページ)
感想・レビュー・書評
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私生活でも仕事でも関わりのある地域の話なので興味深く読み進めることが出来ました。現場で奮闘された全ての方々に労いと感謝の言葉を伝えたいです。
経済学はもっと勉強したいと思うのですが、どうしても社会学への興味の方が強いのと自分の専門との相性が良いので優先してしまい時間とれないという悲しみあります。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
経済学者が、というところが気になってKindle Unlimitedで見かけたので読んだが、思いの外面白い本だった。特に3つのポイント:あいりん地区の背景、行政の動かし方、経済学の現実への応用、という点で整理してみた。
生まれ育ちは関西なので、あいりん地域というところがどういうところか知っていたし、実際に行ったこともあるが、橋本改革のもとで特区構想があったのは知らなかった。そういう点で、最初の数章は西成区・あいりん地区の「社会問題のデパート」たる所以と現状、そしてそれぞれが問題を解決すべく動いている人々が描かれていて、背景を勉強することができる。
途中からは、ほぼいかに著者の鈴木氏が、西成特区構想を築き上げて実行していったかが描かれている。行政というところは自分のようなただの研究者にとっては、何をしているかイマイチ見えづらいが、立法などで決まった大きな枠組みから実行に移す部分で細かい決め事や執行を行っているのだということ、しかしそのプロセスにおいて、なぜ日本の役所というところが信用されていないか、ということが赤裸々に語られている。役所の論理を理解し、また地域の人々の思いを理解して、どうすれば最適解に導けるか、実際の現場を経験しないとわからない部分が、輪郭だけでも見えてくる。
「役所は縦割りだからだめだ」で終わらせるのではなく、時には役所側の立場から物事を考えて実行する部分を知ることができる。
面白いのが各章の最後にあるコラムである。あいりん地区を取り巻く社会問題を経済学のコンセプトで捉えなおして整理している。大学生のゼミを持っている筆者の思考プロセスや教育方針がわかって面白い。教科書で勉強したことをすぐさま目の当たりして学べる大学生からすると、こんな面白いことはないだろう。 -
あいりん地区のために地域の人や行政と連携して改革に努めた中心人物による詳細な記録。
あいりん地区について今までステレオタイプな印象しかなかったけれど、実態が少しわかった気がする。 -
西成、あるいはあいりん地区というと怖い印象を持つ人も多いだろう。白昼堂々と盗品や薬物が売買されている印象を持つ人も多い。確かに、2000年代くらいまではそうであった。しかしここ数年は本書で解説されているような施策を経て、随分と治安が改善している。
では、改革はどのように行われたのだろうか。あいりん地区に限らず、治安の悪い地域は多くの問題を抱えている。それも行政で複数の組織をまたぐ交渉が必要であったり、地元のステークホルダーの意見が割れていたり、解決の難しい問題ばかりだ。この難問を解きほぐすにはスーパーマンが必要のように思えるが、実際は王道の政治手法に則って進められている。本書はあいりん地区改革ドキュメントであると同時に、きわめて実践的な政治手法について述べた本でもある。
一般的に、改革はなかなか成功しない。日本の政治シーンにおいて改革がうまくいかないのは、役人の論理にそぐわないからである。役人の論理は、おおまかに以下の要素で構成される。
終身雇用からくる、極端なリスク回避指向
予算編成や評価のシステムが部局に強く紐づいていることで起こる、極端な縦割り指向
しかし著者は、この役人の性質を理解した上で改革を進めていった。
役所というのは基本的に終身雇用で、転職も難しい業界である。そういう環境では、多くの役人はリスク回避指向を強めがちになる。裏を返せば、貸しを作っておけば「あいつは借りを返さないやつだ」という評判が立ってしまうため貸し借りには敏感となる。著者は事あるごとに「責任を取る」ことで貸しを作っていった。
貸しを作るとどうなるかというと、仲介ができるようになる。一度仲介者になれば、あとは複利で政治力は増していく。これが政治の原則である、と著者は説く。仲介を重ねることで、縦割り指向の役所のなかで多部局調整が可能になるのだ。
このことを踏まえて世の中を眺めると、多くの人間が「自分たちの主張の正しさ」だけで組織を動かせると思っていることに驚くだろう。実際、あいりん地区の支援団体の多くもそのような考えだった。自分も、なぜ悪い政策が採用されるのかと疑問に思っていた。答えは単純で、悪い政策のほうが役人にとって楽なのだ。
実施にあたってのお膳立てや民間のステークホルダーとの利害調整などを先回りしてやっておけば、悪い政策であっても採用しやすい。ジョブ理論的な言い回しを借りるなら、組織内での評価に響かず、かつ楽な手法があるのであればそれは採用するに足るジョブである。
維新の会に対する毀誉褒貶は別として、「正しければ政策は通すべきである」と考えている人はそろそろ実をとるための政治手法を彼らから学んでも良いのではないだろうか。 -
橋下徹が大阪市長として打ち出した西成特区構想の推進役として抜擢された著者の奮闘記。個人的に橋下氏のパフォーマンスは好きではないが、停滞する状況を前に進めるリーダーシップのあり方としては参考にすべきものがある。
住民、病院、NGO団体、活動家など西成地区に関与している様々な立場の人々と、区役所、市役所、県庁、警察といった官公庁の役人たち。複雑な意図と建前と本音が絡み合っているこの問題は、ただ正論を説くだけでは何一つ前に進まない。過去に行われてきた手法の問題点を踏まえ、著者はとにかく上から押し付けることは絶対にしないように配慮して、多くの人々に会って話し、様々なアクションを起こしていく。
正論を説くだけでは進まないというのは、この街だけの話ではないだろう。社会問題でも会社の中の話でも、人を動かすのは理屈ではなく気持ちだ。正しいことを言っているのに相手が動いてくれないと憤慨するのではなく、気持ちを動かすためにどうしたらいいかを考え、著者のように行動することを見習いたい。