経済学者 日本の最貧困地域に挑む―あいりん改革 3年8カ月の全記録 [Kindle]

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  • 東洋経済新報社
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感想・レビュー・書評

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  • 私生活でも仕事でも関わりのある地域の話なので興味深く読み進めることが出来ました。現場で奮闘された全ての方々に労いと感謝の言葉を伝えたいです。
    経済学はもっと勉強したいと思うのですが、どうしても社会学への興味の方が強いのと自分の専門との相性が良いので優先してしまい時間とれないという悲しみあります。

  • 経済学者が、というところが気になってKindle Unlimitedで見かけたので読んだが、思いの外面白い本だった。特に3つのポイント:あいりん地区の背景、行政の動かし方、経済学の現実への応用、という点で整理してみた。

    生まれ育ちは関西なので、あいりん地域というところがどういうところか知っていたし、実際に行ったこともあるが、橋本改革のもとで特区構想があったのは知らなかった。そういう点で、最初の数章は西成区・あいりん地区の「社会問題のデパート」たる所以と現状、そしてそれぞれが問題を解決すべく動いている人々が描かれていて、背景を勉強することができる。

    途中からは、ほぼいかに著者の鈴木氏が、西成特区構想を築き上げて実行していったかが描かれている。行政というところは自分のようなただの研究者にとっては、何をしているかイマイチ見えづらいが、立法などで決まった大きな枠組みから実行に移す部分で細かい決め事や執行を行っているのだということ、しかしそのプロセスにおいて、なぜ日本の役所というところが信用されていないか、ということが赤裸々に語られている。役所の論理を理解し、また地域の人々の思いを理解して、どうすれば最適解に導けるか、実際の現場を経験しないとわからない部分が、輪郭だけでも見えてくる。
    「役所は縦割りだからだめだ」で終わらせるのではなく、時には役所側の立場から物事を考えて実行する部分を知ることができる。


    面白いのが各章の最後にあるコラムである。あいりん地区を取り巻く社会問題を経済学のコンセプトで捉えなおして整理している。大学生のゼミを持っている筆者の思考プロセスや教育方針がわかって面白い。教科書で勉強したことをすぐさま目の当たりして学べる大学生からすると、こんな面白いことはないだろう。

  • 「経済学者」という言葉から小難しい話が多いのかな?と思ったが、非常に読みやすい印象。

    行政としては国、府、市それぞれの役割や思惑が入り混じり、地元住民も西成区特有のステークホルダーを含め、10者10様という感じ。そんな環境で関係者全員にとって納得できる結論を出すための、奮闘記となっている。

    この本の見どころとしては大きく2点ある。

    1.様々なステークホルダーの抵抗要素の分析と対策
    2.画餅にならないための緻密、繊細かつ大胆なアクションプラン

    これらの点は幅広くビジネスに通ずると思われる。
    あえて業種を絞るなら行政に携わる人には相当に参考になると思われる。

  • あいりん地区のために地域の人や行政と連携して改革に努めた中心人物による詳細な記録。
    あいりん地区について今までステレオタイプな印象しかなかったけれど、実態が少しわかった気がする。

  • NHKEテレの「オイコノミア」で又吉直樹と大竹文雄(大阪大学教授)とともに、鈴木氏本人も出ていたのを視て読んで見た。「じゃりん子チエ」の舞台、大阪・西成釜ヶ崎。繰り返される暴動、街中に不法投棄ゴミがあふれ、白昼堂々の覚せい剤取引、日雇い労働者・ホームレスや生活保護受給者が集中し、高齢化も進み、3人に1人は生活保護、全国平均の28倍とアフリカ最貧国なみの結核罹患率…。そんな地域に、年金や生活保護など社会保護を専門とする経済学者が、市長の特別顧問に就任し、東京・山谷と並び日本最大のドヤ街「あいりん地区」の地域再生を構想・立案する仕事を請け負った。以来3年8ケ月、多い時は週2~3回大阪に足を運び、有識者座談会座長や住民参加の集会「あいりん地域の街づくり検討会議」の司会を務めてきた。縦割り行政や反対運動の強い抵抗にあいつつも、住民参加で改革案をまとめ、地域が徐々に変わり始めた…。いくらいい政策を提唱できても、口先だけでは改革の実行は進まない。橋下前市長の政策顧問としての立ち位置、西成特区構想等の是非はともかく、問題のある状況を課題化し、意見の違いを調整しつつ、諸種の抵抗・障害を乗り越え、変えていったところは、評論家・学識者とは明らかに違う。一読の価値あり。

  • 西成、あるいはあいりん地区というと怖い印象を持つ人も多いだろう。白昼堂々と盗品や薬物が売買されている印象を持つ人も多い。確かに、2000年代くらいまではそうであった。しかしここ数年は本書で解説されているような施策を経て、随分と治安が改善している。

    では、改革はどのように行われたのだろうか。あいりん地区に限らず、治安の悪い地域は多くの問題を抱えている。それも行政で複数の組織をまたぐ交渉が必要であったり、地元のステークホルダーの意見が割れていたり、解決の難しい問題ばかりだ。この難問を解きほぐすにはスーパーマンが必要のように思えるが、実際は王道の政治手法に則って進められている。本書はあいりん地区改革ドキュメントであると同時に、きわめて実践的な政治手法について述べた本でもある。

    一般的に、改革はなかなか成功しない。日本の政治シーンにおいて改革がうまくいかないのは、役人の論理にそぐわないからである。役人の論理は、おおまかに以下の要素で構成される。
    終身雇用からくる、極端なリスク回避指向
    予算編成や評価のシステムが部局に強く紐づいていることで起こる、極端な縦割り指向

    しかし著者は、この役人の性質を理解した上で改革を進めていった。

    役所というのは基本的に終身雇用で、転職も難しい業界である。そういう環境では、多くの役人はリスク回避指向を強めがちになる。裏を返せば、貸しを作っておけば「あいつは借りを返さないやつだ」という評判が立ってしまうため貸し借りには敏感となる。著者は事あるごとに「責任を取る」ことで貸しを作っていった。

    貸しを作るとどうなるかというと、仲介ができるようになる。一度仲介者になれば、あとは複利で政治力は増していく。これが政治の原則である、と著者は説く。仲介を重ねることで、縦割り指向の役所のなかで多部局調整が可能になるのだ。

    このことを踏まえて世の中を眺めると、多くの人間が「自分たちの主張の正しさ」だけで組織を動かせると思っていることに驚くだろう。実際、あいりん地区の支援団体の多くもそのような考えだった。自分も、なぜ悪い政策が採用されるのかと疑問に思っていた。答えは単純で、悪い政策のほうが役人にとって楽なのだ。

    実施にあたってのお膳立てや民間のステークホルダーとの利害調整などを先回りしてやっておけば、悪い政策であっても採用しやすい。ジョブ理論的な言い回しを借りるなら、組織内での評価に響かず、かつ楽な手法があるのであればそれは採用するに足るジョブである。

    維新の会に対する毀誉褒貶は別として、「正しければ政策は通すべきである」と考えている人はそろそろ実をとるための政治手法を彼らから学んでも良いのではないだろうか。

  •  橋下徹が大阪市長として打ち出した西成特区構想の推進役として抜擢された著者の奮闘記。個人的に橋下氏のパフォーマンスは好きではないが、停滞する状況を前に進めるリーダーシップのあり方としては参考にすべきものがある。

     住民、病院、NGO団体、活動家など西成地区に関与している様々な立場の人々と、区役所、市役所、県庁、警察といった官公庁の役人たち。複雑な意図と建前と本音が絡み合っているこの問題は、ただ正論を説くだけでは何一つ前に進まない。過去に行われてきた手法の問題点を踏まえ、著者はとにかく上から押し付けることは絶対にしないように配慮して、多くの人々に会って話し、様々なアクションを起こしていく。

     正論を説くだけでは進まないというのは、この街だけの話ではないだろう。社会問題でも会社の中の話でも、人を動かすのは理屈ではなく気持ちだ。正しいことを言っているのに相手が動いてくれないと憤慨するのではなく、気持ちを動かすためにどうしたらいいかを考え、著者のように行動することを見習いたい。

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著者プロフィール

1991年生まれ。現在、東京大学大学院人文社会系研究科助教。専門は美学。主な論文に、「ランシエールの政治的テクスト読解の諸相──フロベール論に基づいて」(『表象』第15号、2021年)、「ランシエール美学におけるマラルメの地位変化──『マラルメ』から『アイステーシス』まで 」(『美学』第256号、2020年)。他に、「おしゃべりな小三治──柳家の美学について 」(『ユリイカ』2022年1月号、特集:柳家小三治)など。訳書に、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『受肉した絵画』(水声社、2021年、共訳)など。

「2024年 『声なきものの声を聴く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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