21世紀の啓蒙 上:理性、科学、ヒューマニズム、進歩 [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 本書は、無視され、疑いの目を向けられ、時に軽蔑さえされ続けている「啓蒙主義の理念を二一世紀の言語と概念で語り直そうとする試み」である。

    啓蒙主義は、「わたしたちは理性と共感によって人類の繁栄を促すことができる」という楽観的な考え方であり、理性、科学、ヒューマニズム、進歩、繁栄、そして平和といった理念を含んでいる(ちなみに、啓蒙主義的楽観主義の対極的な考え方は、ロマン主義的衰退主義)。

    上巻で著者は、寿命の延び、疾病の抑圧、人口増と食糧問題の解決、貧困の減少、不平等(経済格差拡大)についての誤解、気候変動など環境問題解決の見通し、平和・安全に向けた改善状況、民主化の広がり、偏見・差別の減少について、客観的なデータを示しつつ説明し、人類はこれまで様々に困難な課題を着実に乗り越えてきており、今後も理性と科学を武器に取り組んでいくことによって全て乗り越えることができる、と極めて楽観的な見通しを示している。

    そもそも我々は日々のニュース報道から、悲惨な事件が頻発し社会問題が深刻化するなど「世界は悪いほうに向かっている」と悲観しがちだが、これはニュースが悪い事象を選んで強調して報道するからであり、情報の受け手である人間の脳に利用可能性バイアスやネガティビティ・バイアスがあるからに過ぎない、という。著者は「認知性バイアスや道徳的なバイアスがいかに現在を過小評価し、過去を美化しようとするか」について繰り返し指摘しているが、これは「ファクトフルネス」でハンス・ロスリングが主張していることと全く同じだ。

    確かに、著者の主張は客観的なデータに基づいているので説得力があるが、それでも、どうもしっくりこないところがある。例えば、著者は、気候変動問題解決の切り札は原発だという。「原子力発電が世界で最も豊富で拡張可能な無炭素エネルギー源」であり太陽光や水力、バイオマスなどと「比べても安全であ」り地球温暖化を食い止めるために「原子力の利用は拡大すべきこのときに縮小しつつあ」り「西洋諸国は誤った方向に向かっている」のだという。もちろん、原子力発電をより安価で簡便な方式に進化させる必要がある進化させる必要があるとも。

    食糧問題についても著者は、遺伝子組み換え作物が高収量や病害虫抵抗性、肥料の節約に貢献しており今後もその成果が期待できるとし、「その安全性については、何百もの研究、主要な保健・科学機関のすべて、一〇〇人以上のノーベル賞受賞者が保証してきた(それも当然のことで、そもそも遺伝的に改良の手が加えられていない作物など存在しないのだから」と断定している。本当だろうか?

    科学技術の進歩に信頼を寄せすぎていて、その危うさ、リスクに無頓着過ぎないだろうか。取り返しのつかない間違いを犯すリスクを考えなくてよいのだろうか?

    著者が科学技術に関し楽観論を主張する根拠は、何百という悲観論者や終末論者の暗い見通しに関わらず、人類は科学技術をこれまで問題なく使いこなせてきた、というものだが、それも結局は、技術の危うさに危機感を盛って望んだ批判的科学者や良識ある政治家達の手でこれまで何とか危機を回避してこれた、というだけで、とても楽観視できるようなものじゃないという思うんだけどな。恐怖で金縛りにあうより解決できると思って対処したほうがよい、という著者の意図は十分に理解できるものの、それでも楽観論には違和感を強く感じてしまう。

    また、著者は所得格差問題について、「経済的不平等それ自体は、人間の幸福を左右するものではない。格差問題を不公正問題や貧困問題と混同してはならない。」と説く。それはその通りだと思うが、莫大な富を得た例としてJ・K・ローリングを挙げているのはちょっとずるい、と感じた。格差問題で多くの者がやり玉に挙げているのは、行き過ぎたマネーゲームで巨利を貪っているウォール街の連中なのだから。

    という訳で、上巻は星三つ。

  •  「模倣の罠 自由主義の没落(イワン・クラステフ著)」からの流れ読みだ。
     データを示しながら丁寧な説明に説明されている。人類は18世紀の啓蒙の時代を経て、それまでの戦争や貧困など死と隣り合わせの生活から、科学技術の発展を背景に生活水準を向上させ、寿命や貧困、食糧供給、富、平和、安全(戦争や犯罪、事件・事故)の程度を改善させた。それとともに、偏見・差別に見られる権利や政治形態(民主化、死刑の減少)に対する人々の意識も変化し、世界は決して悪い方向には進んでいない。そんなメッセージを発信し、その論拠を丁寧に解説してくれている。
     マスメディア等を通して伝えられる戦争や貧困、テロなどの悲惨なニュースはそんな世界の流れの中の一部であって、決して過度に怯えることではないと説く。もちろん人類の叡智でその悲惨な出来事も克服するする努力も続けられている。

  • この本は啓蒙主義(ヒューマニズム、古典的自由主義、開かれた社会、コスモポリタン)の重要性と応援がテーマ。
    反啓蒙主義な思想(宗教、保守主義など)へ、あらゆるアプローチからの強烈な反論が書かれている。

    球、らせん、結晶、波、フラクタルなどを私たちが美しいと感じるのは、脳がこの自然の反エントロピーを形状的に「良い」と反応してるから52

    環境保護運動は、世界(特にアフリカ)にどんな過ちより酷い損害を与えてきた。「遺伝子組み換え反対運動」により、人々を飢えさせ、科学の足をひっぱり、自然環境を破壊してきた。科学的に正当な遺伝子組み換え技術を使えば、アフリカの貧困と社会混乱は一気に解決する154(スチュアート・ブランド)

    人権団体は世間の「熱」を煽るため常に「危険」「人権侵害」を叫ぶ。これは戦略として逆効果の可能性がある。それほど人権侵害があるのなら過去の自分達の活動が「無意味」だったと言っているようなものたから385

  • 面白い!
    2020年読んだ本の中で一番面白かった。

    第一章 啓蒙主義とは何か
    啓蒙とは「人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ること」
    啓蒙主義のモットーは知る勇気を持て!

    第二章人間を理解する鍵「エントロピー」「進化」「情報」
    エントロピー=無秩序の概念
    進化=自己組織化プロセス。物理的、科学的な自己組織化プロセスが、ひとたび自らを複製できる構造を生み出すと、その複製がまた複製をつくり、複製の複製がまた複製をつくりといった具合に指数関数的に増えていく。
    情報=膨大な数の無行為で無用な系から、秩序ある構造化された系を区別する要素と考えられるからだ。

    第三章 西洋を二分する反啓蒙主義
    ロマン主義による抵抗
    所属する集合体の栄光を優先する人々
    進歩あるいは平和を批判する衰退主義者
    科学を否定する人々

    第四章 世にはびこる進歩恐怖症
    世界を正しく認識するためには、「数えることが大事」
    事実暴力は減っている
    「平和プロセス」
    「文明化プロセス」
    「人道主義革命」
    「長い平和」
    悪いことを想像しやすいので、そうなりがち

    第五章 寿命は大きく伸びている
    乳幼児の死亡率は低下
    健康寿命も伸びている
    感染症の撲滅は続いている

    第七章 人口が増えても食糧事情は改善
    急激な人口増加でも飢餓率は減少している
    農業の技術革新は不当に攻撃されている
    20世紀の飢餓の最大要因は共産主義と政府の無策

    第八章 富が増大し貧困は減少した
    世界総生産は200年でほぼ100倍に
    実は総生産の増大以上に我々は豊かになった
    貧困からの大脱出を可能にした三大イノベーション
    ①科学の応用
    ②制度の構築=ものとサービスとアイディアの交換を促進する
    ③価値観の変化=商業精神により派閥間、宗派間の憎悪を消滅させる
    「極度の貧困」にある人の比率も絶対数も減少
     要因1:共産主義の衰退
     要因2:指導者の交代
     要因3:冷戦の集結
     要因4:グローバル化が貧しかった国を豊かにした
     要因5:科学と技術
    つまり、経済成長が人間の幸福感の鍵を握っている

    第九章 不平等は本当の問題ではない
    道徳的けんちからすれば、誰もが同じだけもつことは重要ではない。道徳上重要なのは誰もが十分にもつこと
    不平等が悪を生むという考えは間違っている、不平等な社会の方がかえって人々の幸福感が高いという結果も生じている
    不平等と不公正を混同してはならない
    大事なことは貧困の減少であり、格差縮小が貧困減少によって成し遂げられつつあるところにこそ目を向けるべきだ
    20世紀以降の格差縮小の最大要因は戦争
    中間層の空洞化という誤解が生じる理由
     ①相対的繁栄と絶対的繁栄の混同
     ②匿名化されたデータで追う調査と縦断的データで追う調査の混同
    ③社会移転による貧困の緩和
    優先課題は経済成長、次はベーシックインカム

    第十章 環境問題は解決できる問題

  • 詳しくはこちら

    「21世紀の啓蒙」(スティーブン・ピンカー)未来に希望が持てて社会進化の過程がわかりつつ、薄っぺらな意識の高さ,ヒロイズムに鉄槌。ドヤ感にも満ちた、これぞ自己啓発本。|TAKASU Masakazu @tks #note #読書感想文 https://note.com/takasu/n/n4e42c1fa273c

  • 人が他人を評価する基準は、利他的な行動をとるなかでどれだけ多く時間とお金を犠牲にしたかであり、達成した福利の大きさや量はあまり評価されていない

    利他的な行動、意識してしまうと立ち止まってしまう時があります。何となくはサポートしたい、でも自分の時間が削られる。

    なぜサポートしたいかと言うと、それによって喜んでくれるから、それで感謝されるのが自分にとっても嬉しいから。なぜ自分の時間が削られるのが嫌かと言うと、やりたいことを邪魔されると不快だから、やりたいことをやれると自分が嬉しいから。

    結局、自分の嬉しさに帰結しました。後は天秤にかけてみてどっちが自分にとって嬉しいかを決めれば良いのかなと。これって、すごく自分本位?

  • 本書は、世界が良くなっていることを認めない人々に向けて書かれている。
    改善を否定し、進歩などしていないと思いこむ人々、誤って悲観主義に陥るほど無学な人たち、世間の熱を煽るため、常に「危機」を叫ばねばならないと信じる人々に対して、世界は過去より良くなっていて、今後もさらに良くなりうると説く。

    我々は、私たちがどんな状態から今に至ったのかをすぐに忘れてしまうし、他人をどれだけ多く時間とお金を犠牲にして利他的に行動したかで評価し、達成した福利の大きさや量をあまり重視しない。
    数字に弱く、規模で考えることも苦手である。
    例えば、「どの行動がどれだけの二酸化炭素の排出量を削減するのか、それは何千トン規模なのか、それとも何百万トン規模なのか、何十億トン規模なのかを区別していない。また濃度や割合、その変動ペース[速度]、ペースの変化率[加速度]、さらに高次の導関数[加速度の変化率など]の違いについても無頓着だ」。
    そのくせ我々は、人類が地球の資源を、それこそストローで吸うミルクシェイクのように、ズーズーと音を立てるまで吸い上げるのではないかと怯えている。

    格差の拡大が常に悪とは限らない。
    そもそも分配すべき富がすでに存在することを前提にして、その分配ばかりを論じるのもおかしな話だ。
    過去に貧困が蔓延していたことを忘れるべきではないし、そこからどう富が創造されたかを思い出すべきだ。
    格差の縮小が常に善とも限らず、所得格差を最も効率よく縮めるのは、戦争、革命、そしてパンデミックなのだから。
    「経済的平等は、常に悲しみとともにもたらされてきた」という言葉が、これほど身にしみる時代を生きるとは思わなかった。

    「科学の進歩のすばらしいところは、人類を一つの技術に閉じ込めたりしないことだ。私たちは常に新しい技術を、以前より問題の少ない技術を開発することができる」。
    「世界への理解は知性の光によってますます深まり、人の命はいっそう貴重になった」。
    グローバル化は、所得の格差は生んだかもしれないが、消費の格差は縮小させた。
    ある程度の環境汚染は避けられないし、原子力発電ももっと積極的に推進すべきだという立場には、異論もあるかもしれない。

    「工業化によって、数十億人の食糧がまかなわれ、寿命は二倍になり、極度の貧困も減少した。機械が人力に代わったことで、奴隷制度が終わり、女性は解放され、子どもは教育を受けやすくなった。夜に本を読めるのも、好きなところに住めるのも、冬に暖かく過ごせるのも、世界の動向を見ることができるのも、人の交流が増えたのも、工業化のおかげである。環境汚染や動植物の生息地消失による損失は、これらの恩恵と合わせて考えなくてはならない」。
    もちろん環境保護は大切だが、暮らしの他のもの全部を犠牲にしてまでする必要はない、という考え。

    我々は思いや考えが、物質界に作用しうると素朴に感じてしまう。
    「偶然の一致がこんなに多いはずはないと考える。自分の経験というごく限られたものを一般化し、固定観念で推論し、ある集団の代表的な特徴を、そこに属する個々人に例外なく当てはめる。相関関係から因果関係を推論する。白か黒かを決めてそれを全体に当てはめる。抽象的なつながりを実体のあるものと考える。直観的科学者というより直観的法律家・政治家であり、自分の確信を裏づける証拠は集めるが、矛盾する証拠は無視する。自分の知識、理解、正当性、能力、運を過大評価する」。
    「意見の合わない相手を悪者にし、意見が食い違うのは相手が愚かで不誠実だからだと考える。またあらゆる不運に生贄を求める。ライバルを糾弾し、人々の怒りをそのライバルに向けさせるために道徳を利用する。そうした非難の根拠は、誰かに危害を加えたといった理由にとどまらず、慣習を守らない、権威を疑問視する、部族の結束を乱す、食や性のタブーに触れるなど、何でも根拠にしてしまう。そして人間は暴力を不道徳ではなく道徳とみなしている」。
    アフター・コロナで、「正義の鉄槌」の名のもとに行われる暴力を予感させる言葉だと感じた。

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著者プロフィール

スティーブン・ピンカー(Steven Pinker)
ハーバード大学心理学教授。スタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学でも教鞭をとっている。認知科学者、実験心理学者として視覚認知、心理言語学、人間関係について研究している。進化心理学の第一人者。主著に『言語を生みだす本能』、『心の仕組み』、『人間の本性を考える』、『思考する言語』(以上NHKブックス)、『暴力の人類史』(青土社)、『人はどこまで合理的か』(草思社)などがある。その研究と教育の業績、ならびに著書により、数々の受賞歴がある。米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」、フォーリンポリシー誌の「知識人トップ100人」、ヒューマニスト・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた。米国科学アカデミー会員。

「2023年 『文庫 21世紀の啓蒙 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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