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感想・レビュー・書評
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ノンフィクションかと勘違いさせる緻密な書き込み。今回のコロナ禍を見るにつけ400年経っても人間、世の中大して変わってない。
もちろん科学は進歩したので、ベストのこともそれなりに解明されて、今の常識で判断するとおかしな所もあるのだが、人々の行動や考え方は今現在の人とそんなに変わらない。
カミュのペストより現代的が売り文句だった気もするが、ある面ではそうだろう。ただ作品としてはカミュの方が遥かに優れていると思う。 -
目に見えないということが、まるでこちらを試しているみたいだ。
細菌もウィルスも、目に見えないということでは常に変わらず、常にそばにある、人類と共生している存在だのに、日常においては意識されないものたちが、一度その存在を露わにすると、たちまち平常というものが成り立たなくさせてしまう。いったい、当たり前とは何であるのか、そう捉えて、焦点を適応させるように振る舞ってもよさそうなものなのに、それはままならない。いま、世界中で影響しているパンデミックが招いた状況から導かれている現実が、それを示している。
世界史に記録される大規模な疫病の発生が、歴史と文化の進展に大きな因果を齎した。
14世紀から起こり17世紀に至るまで、ヨーロッパで猛威を奮ったペスト(黒死病)は人口の約3〜6割を死に至らせるという測り知れない打撃を与えた(疫病のはじまりは中国起源と言われており、中国においても人口を半減させた。貿易によってヨーロッパに運ばれ、まさにパンデミックとなる)。齧歯類の持っていた病気をノミが媒介してヒトに感染させる。リンパ腺を犯す線ペスト、さらに進展すると致命的な肺ペストとなり、飛沫等感染によってヒトからヒトへの伝播が繰り広がっていく。北里柴三郎たちによって発見されたペスト菌が原因であること、抗細菌薬も作られたことで、パンデミックとなるような感染症とはなり得なくなってこそ、それが齎す状況や必要となる対策が、正しく捉えられているいまだ。
あたかも、突如として始まった。最初の感染者の死亡から、連続して継続して、そして、着実に拡がっていく。逆らうことのできない圧倒的な結果を齎す何かが、何故かを掴めないまま、ひたりひたりと存在を露わにしていく。止める事ができない状況が、世界に確かに影響し、これまであった日常を決定的に犯していく。目に見えないということが、人間が一体何を見ているのか、何を見ようとしているのか。そして、何が見えていないのかということを炙り出すように、目の前に迫った死という結果を持って、ヒトとその社会に覆い隠されているもうひとつの現実というものを見せてくる。
デフォーが生まれてすぐにロンドンを襲ったペストの齎した状況を、残された確かな記録(数字や著述)を具に露わにして、状況に飲み込まれた1人のロンドン市民という存在を通して描ききることで、ヒトというものが対応し生きた現実を描き出した。
死亡者という結果のプロットによって、ロンドンの中を遷移していくようにその被害が移動していく。流行の兆しから、爆発的に増加していく死者の数字。迫りくる脅威に対して、脱出を図る市民たち。経済的な状況から脱出を出来る人間と逃れられない人間。状況に対して、知り得る限りの推定を働かせ、最適と思われる対応を取る者。信仰というものに引き寄せられて、感情的な観念的な世界によってしか自分というものを振り向けられなく者。行政は、罹患した者をその住居ごと閉鎖し閉じ込め、監視者を立てて封じ込めを図る。道端で唐突に死に倒れた屍が重なり、それを片付けて歩く死体運搬車が行き交う。大きく開けられた墓穴に無造作に投げ込まれ、積み重なる死体たち。そんなものたちが繰り広げられることがそれも日常になって、その当たり前のなかで、また状況に適応した自分というものを作り出していく人間たち。事実というもので綴られる現実は、圧倒的でありながら淡々としていて、そして静かに繰り広げられる。 -
挫折
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あー、もう、ダニエルデフォーのおかしいくらいの几帳面さに脱帽する。コロナで混乱している現代を理解する方法を教えてくれる。
しかもこれが400年くらい前の話だと言うから驚く。
ペストの混乱の中、混乱・狂気が入り乱れる中で、
神に祈り、家族を守ろうとした人たちの話。
人々が紳士・真摯であり、誠実にその勤めを果たそうとした役人や医師の話、知恵を使って、テントを張ったり小屋を建てたりしながら、ロンドン郊外に逃れた3人の男の話、
いずれもむちゃくちゃおもしろかった。
どのような制度を使ってペストから市民を守ろうとしたか。
(封じ込めとか、貧民を番人につけるとか、街の死体はすぐさま撤去され街は清潔を保たれるとか。)
この執拗なまでに正確な表現にこだわる価値観を読むにつけ、イギリスすごいなと。
しかも、これが400年以上前の話だというから驚く。 -
【デフォー『ペスト』:感性と常識】
ダニエル・デフォーの『ペスト』を読んだ。デフォーって誰?『ロビンソン・クルーソー』の作者だよ!おお…そっか。
デフォーの『ペスト』は、1665年のイギリスのペストの大流行を描いた、ルポルタージュ…と思いきや、フィクションなのね、これ!!
ものすごく克明に、増えて行く死者の数とか、どのエリアからどのようにペストが広がっていったか、市民や政府はどのように振る舞ったか、医者は何を言ったか、などなど、微細に淡々と網羅するように描いているので、ノンフィクションかと思ったら、デフォーが5歳の時に体験したペストを、60代になって書いたもんだったわ。
すげーーーーー
とは言っても、小説としては面白くない。と思う、多分…。コロナ流行ってないなかで読んでも、「つまんねー」って思って読み飛ばしまくっちゃうと思う…
今読むと面白いのは、伝染病ってどういうものか、まざまざと体験してるからよね。そして、時代を経ても人間って変わらんなぁ…と笑ったり嘆息したり。同時に、「医者も政治家も私たち市民も、みんな先にこれ読んでたらちょっとは賢く振る舞えたんじゃない!?」って思うよね。
興味深かったのは、18世紀を生きる作家(であり商売人であり、スパイ?だった)デフォーのうちに存在する、「敬虔なクリスチャン」と「科学的であろうとする態度」の混在。
イギリス国教会派の立場で描いたフィクション(実際のデフォーは非国教会派)ということもあるのかもしれないけど、いやいやそれを超えて、節度と良識ある振る舞いを褒め称え、悪意ある行いを憎み、神のご加護を口にする。一方で、疫病の原因を天体に求める説は荒唐無稽と退け、ペスト専用病院が一つしかなかったことを失策と非難し、飛び交う医師や学者の諸説を、自分の実体験からふるいにかける。
(ちなみに、すでに未発症者からも感染することやその潜在期間は2週間程度であることをデフォーは見抜いている。)
しかも、かわいい人だなと思うのは、ところどころに描かれる、愚かな振る舞いに対して「実は私もそうだったのである」との告白。
…なんかこの人、むちゃくちゃ素直でいい人だったんだろうな…
最近私は、大衆作家というか、広く大衆に受け入れられもてはやされる芸術家についてつぶさに分析する機会を持っているのだけど、この「類いまれなる空想力」と「まったく当たり前な、常識的なものの見方」、この二つが絶妙な、しかもその人ならではの感性を持ってバランスしている時に、素晴らしい作品が生まれ、一世を風靡するんだなぁと実感している。(いわゆるハイ・アートな、生活破綻型の芸術家は違うけれども、そういう人は大概生きている間は不遇だ。)
5歳の時のおぼろげな記憶を、今そこで見てきたように生き生きと活写する想像力と、小市民と言って良いほどの良識。この人が、『ロビンソン・クルーソー』の作家として大成功する(書いたのなんと59歳!)のはとても納得がいく。
ところで、デフォーの描く、「疫病終息後のロンドン」は。
まず、疫病の力が弱まってきたとき、まだまだ新規感染者も死者もいるのに、「すこぶるせっかち」に「自分の身の安全のことも病毒そのものももはや眼中になくなってしまった」。で、「死んだ者も多かった」。
9月に最初の噂を聞いてから、12月にはロンドンで流行が始まり、春、夏を越えた(エリアにもよるが8月がピーク)ペストは、クリスマスを越えて終息していく。
「ロンドンが新しい相貌を呈するようになったのだから、市民の態度も一変した、と本来ならばいいたいところである。(略)しかし、(略)市民の一般的な生活態度は昔通りであって、ほとんど何の変化も見られなかったのである」。
あらー。残念。
「死を目前に控えた場合、立派だがそれぞれ違った立場を持っている人も互に融和し合う可能性がある」と、夢見ていたのにね。
ほんと、デフォーはそのことを生涯夢見ていたんだなぁと思うよ。
…コロナが終息したあとの私たちがどのように振る舞うか、学びを生かせるか生かせないか。私たち次第ですな。
夢を見つつ、現実を生きる。私らしいバランスを持って。
それは芸術家の昇華とは違うかもしれないけれど、充足した生を全うするうえではとても大切なことだと思う。 -
初版1973年:香港かぜ(50万人)の5年後。
改版2009年:A(H1N1)pmd09(28万人)の年。
改版2刷2020年:COVID-19(24万人以上)の年。