くまちゃん (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2011年10月28日発売)
3.81
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本棚登録 : 2713
感想 : 245
5

大号泣。良すぎた。
ネットで「失恋した時 小説」で検索して出てきたので読み始めたが(安直すぎて我ながら恥ずかしい)予想してたよりはるかに良かった。

淡々としてるんだけど人を好きになる気持ちとかつらさとかがひしひし伝わってくる静かでやわらかい文体で良すぎた。まったく大げさじゃないのになんでこんなに胸が痛くなるんだろう。
こういう、なんでもないようなことをさらっと上手く書けるのがいかにも文豪って感じする。
だって奇事を派手に書くのなんて簡単だもの。

キャラクターみんなにめちゃくちゃ共感できた。特に「何者かになりたい」「社会で普通の人として生きる流れに取り込まれることへのなんともいえない怖さ」みたいなものを抱えたキャラたち、すごく好きだった。
そのうえでの希麻子や黒田に対する槇人や久信とか、凡人と天才の残酷な対比も良かった。

成功なんてものは目指してどうこうなるものじゃないし、それはそもそも金とか知名度とかそんなものじゃないから、とにかく人間は目の前にある自分の課題を自分で見つけて片付けていくしかないし、いわゆる「成功」なんてその過程で意図せずに、気がついたら手に入れてるものだ……っていう、すごく冷めた天才の考えというか、どうしようもない凡人との器の違いみたいなものが作中で一貫してたと思う。し、それがまた正しいよなぁと思った。

そしてそれをよく理解してた久信が大好きな文太に対しては、成功もなにもわかっちゃいなかった学生の頃に抱いた羨望や尊敬だけを一方的にずっと向け続けちゃってたのがつらいなぁと。

月日が経って何もかも違ってるのに、「その頃」の力関係がずっと続いちゃうことってあると思う。
でももう「自分が好きになったその人」はいない。

結局、成功とか天才とか過去とか未来とか関係なく、人間には今しかない。今やれることをやるしかない。っていう、そこでも一貫した「天才のカラクリ」みたいなものが語られてた。
そして、苑子との語らいによって「自分の天才に対する見解」と「文太に対する変わらぬ期待」との間の齟齬に気がついちゃって、その瞬間に久信の中で昔のままの強い文太はもういなくなってしまって、おまけにそれを文太を奪ったダサい女に指摘されて、そんな色々な気持ちで涙が出たのかな。

希麻子と黒田もそうだと思う。昔の憧れのまま、力関係が変わらないままず〜〜っとその人のことをだらだら思い続けちゃう。
「黒田に勝った」って思うところ泣ける。今までずっと悔しかったんだもんねぇ。最後くらいはね。
いやぁ、つらいなあ。
でも希麻子はパワフルで、なんとなくこれからも大丈夫だよなって思えるラストで良かった。
ユリエも。二人はすごくガッツがある。

こうして書いてても希麻子と黒田、久信と文太の二組が一番刺さったかも。と思う。

乙女相談室も好き。
終わりの場面で、過去に必要としてた人が雑踏に消えていって光が一つ一つ消えていくのが悲しいけど別れってそういうものかと思ってなぜか受け入れられる不思議なラストで好き。

最後の章の主人公だけは前編から引き継がれてなくて、作中ではあくまで漠然とした「別れ」とか「恋愛」とかそういうものに対する彼女たちなりのアンサーが示されてるのは、この物語全体に登場してきた恋愛や別れの意義とか、そこからの立ち直りとかそういう総括みたいなものを小説世界の最後に与えたかったのかなとも。
なんというか、人を愛することへの絶望や悲しみだけでは終わらない感じ。
祝福だと思う。人生とか恋したことへの。
あとがきまで通して読んでそう思った。
なぜかあとがきでボロ泣きした。多分すごくあたたかかったから。

私も才能とか成功とかそういうことに悩まされてて、たぶん希麻子とか黒田側の人間で、ふるかふられるかではふられる側で、っていうか恋人いたことないけど、私これから大丈夫だよねってちょっぴり信じたくなるような切なくもしたたかなラストでめちゃくちゃ良かった。
大好き!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年10月7日
読了日 : 2023年10月7日
本棚登録日 : 2023年10月7日

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