新装版 夕陽ヵ丘三号館 (文春文庫) (文春文庫 あ 3-6)

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  • 文藝春秋 (2012年2月10日発売)
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5

時は高度成長期。郊外にある一流商社の社宅に住む家族同士のあれやこれや。決して遠い昔の話ではない。「家族にまつわるあれこれ」今もどこかに変わらぬ片鱗が残る。

子どもの受験、不登校、夫の学歴による出世等々、生々しい話題てんこ盛り。人は比較の中で自分の位置を確認したい生き物であるのはいつの世も同じ。

当時人々は階級・身分制度から解放され、「モーレツ」に頑張るサラリーマンたちが立身出世レースに励んだ。
一方で生活を豊かにかつ、簡便化する家電の普及により、主婦の生活様式も一変する。有り余る時間や余暇をいかに過ごすか。

女性は夫や子どもに尽くし、主婦の頑張りの成果は夫の出世や子どもの進学で測る。

夫とは? 男とは? 妻とは? 女性とは? 幸せとは?
追いつけ追い越せと戦後復興にまい進してきた日本社会の末端組織である「家族」「家庭」の変容が垣間見える実に興味深い1冊だった。

橋田壽賀子さんの「渡鬼」のような確執にまみれた家族と隣人たちのエピソードで、苦笑いの連続。

1970年に毎日新聞に掲載され、1971年から約半年にわたり八千草薫さん主演でTBSドラマ化されていた。記憶が薄っすら蘇る世代笑。

「社宅」という狭い限定されたコミュニティの中の比較は本来、局所的なもの。それにも関わらず、家庭同士の競争にいったん巻き込まれると、それがすべてとなる。

他人の動きに敏感になり、◯◯でなければならないと視野狭窄になり強迫的な観念から逃れられない。まるで蟻地獄。

さらに油を注ぐのは噂話。伝聞が形を変えて一周周り、別ものの出来事となって戻ってくる。あるある…。

実態不明の伝聞や、出所が曖昧なTwitterなどで怒りが増幅する現代と何ら変わりがない。

私自身は海外駐在時、夫の会社のご夫人たちや子どもの日本人学校のママさん達とあった苦々しい思い出が重なって読み進んだ。

分限を維持する、或いは今以上の豊かさを手に入れるためには階層移動のごとく、教育へ投資するというのは今の韓国や中国も同じ。日本以上に過熱した教育熱を目の当たりにした。事の是非は別として。

教育は選択肢を増やすためにはとても有効かつ有益な手段ではあるが、それが目的となる危うさは付きまとう。翻弄されてはいけないよなあ。

まして夫の立身出世は運が大きい。仕事ができる人が偉くなるとは限らないし、あの人が?というタイプがちゃっかり役員になったりもする笑。

作品の舞台となった社宅のある場所は、一説にとても馴染みのある神奈川県の某団地とのこと。調べてみると、私が勤務していた会社の社宅もその近くにあったので、がぜん親近感。

気持ちの良い話ではなかったけれど、読ませる文章はさすが有吉さんでした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年9月28日
読了日 : 2022年9月27日
本棚登録日 : 2022年9月5日

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