孤愁〈サウダーデ〉

  • 文藝春秋 (2012年11月29日発売)
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5

ポルトガルの軍人・外交官・作家である
ヴェンセスラウ・デ・モラエス(1854-1929)の生涯を描いた力作です。

新田次郎氏(1912-1980)の突然の逝去によって、
惜しくも絶筆となっていました。
「美しい国」という章から「日露開戦」までを
新田次郎氏が書いています。ここで新田氏絶命したため中断。
「祖国愛」から最後の「森羅万象」までを
新田次郎氏没30年たって、正彦氏が書き上げたそうです。
親子二代にわたって書き上げられた
ポルトガル人モラエスの物語は、
明治時代の日本の姿をリアルに反映していました。

外交官として日本に移り住み、日本の文化と自然の美しさ、
日本人の風習などに魅かれたモラエスは、
20歳以上年の離れた日本人の妻およねをこよなく愛していました。
妻が病死すると、そのまま故郷のポルトガルへ帰ることもせずに、
その命が尽きるまでおよねの故郷徳島で過ごしました。
外国人の目から見た日本というものを
祖国のポルト商報へ書き送り、
外国へ日本を紹介する役目をしていたモラエスは、
いたって温厚でまじめな人柄であったため、
多くの人に慕われました。

モラエスは、日本に永住することになったものの、
「カステラ」や「たんと」など、鉄砲伝来以来日本に伝わり、
日本文化とともに浸透しているポルトガル語を知って、
はるかな故郷へ望郷の念、サウダーデを感じていたようです。
ここまで日本を愛した外国人がいたのは知らなかったので、
それだけでも勉強になりました。

でも一番この作品を読んでよかったのは、
この作品が
新田次郎氏と次男の藤原正彦氏の2名で書き上げた作品だったことです。

「あとがき」に藤原正彦氏は
父親の絶筆を完成させるという偉業の苦悩を書いていました。
作風ももちろん違うので、途中から作者が変わったことはわかります。
新田次郎氏は、自信をもって、
自分の書きたいようにぐいぐい書いていますが、
藤原正彦氏は、父はこんな風に書きたかったのかなと、
思案しながら書いていたのでしょうから・・・。
そして、やっと完成したこの作品は、
藤原正彦氏にとって満足のいくものだったのでしょう。

藤原正彦氏は、「あとがき」の最後を
「一つだけ確かなことは、父との約束を
32年間かけて果たした安堵感である。」としています。
新田次郎ファンとしては
絶筆で置いておかれた力作を完成させた藤原正彦氏に
ありがとう、と言いたいです。
きっと、新田次郎氏もこんな風に書きたかったのに違いありません。
読者にもサウダーデを感じさせる美しい文章は、
まぎれもない親子の絆だと思いました。
ストーリーもさることながら、
藤原正彦氏の父を思う心にうたれる作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年6月7日
読了日 : 2016年6月7日
本棚登録日 : 2016年6月7日

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