日本を代表する数字者と批評家の対談。150ページほどで読みやすいように思うのだが、あれって改めてどういう意味なんだろう?と再読したくなる一冊。
扱うテーマごとに広さと深さが感じられる。ドストエフスキーとトルストイのやりとりはその象徴。
①数学を扱う岡潔が人間理解についてとても執着している点、②批評家の小林秀雄がアインシュタインを批判的に考察している点、③お互いを尊重し違いを認めつつ情緒という点で2人が合意する点などは興味深い。
あと、釈迦の無明のくだりはじわりと良さが染み込んでくる。岡潔いわく、「人は自己中心に知情意し、感覚し、行為する。その自己中心的な広い意味の行為をしようとする本能を無明という。」
自己中心に考えた自己を西洋では自我、仏教では小我と呼ぶとしたうえで、「小我からくるものは醜悪さだけ」という。デカルトに代表される西洋近代の考え方を批判するあたりはふむふむとなる。
2人とも言葉をとても大事にしている。小林秀雄の以下の言葉が象徴的でした。
ある言葉がひょっと浮かぶでしょう。そうすると言葉には力がありまして、それがまた言葉を産むんです。私はイデーがあって、イデーに合う言葉を拾うわけではないのです。ひょっと言葉が出てきて、その言葉が子供を産むんです。そうすると文章になっていく。文士はみんな、そういうやり方をしているのだろうと私は思いますかね。それくらい言葉と言うものは文士には親しいのですね。
読書状況:読み終わった
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評論
- 感想投稿日 : 2024年1月9日
- 読了日 : 2024年1月6日
- 本棚登録日 : 2022年6月14日
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