『あめりか物語』もそうだったが、100年も前だのにこういう日本人が居たんだなと感心した。
この『ふらんす物語』は荷風があこがれていたフランスの地だけに、美しく、哀切のいろ濃いフランス紀行、観光案内の文章群でもあるが、明治維新によって上からの押し付けられた中味の薄い日本の文明開化への批判論でもある。
西欧文明に触れて、浴したことが自慢ではなくて、自分の芯を持っている人が外国で暮らし、経験したことから得たものを、また自分の芯に組み替えて、愛国の情が増せども、それだから日本の文明文化批評にもなっていくのがわかる作品であった。
当時発禁なったとの記事があるが、何がそうさせたのか、けして享楽的で退廃的な内容だけではないのかもしれない。
なるほど、フランスでもアメリカでもおつきあいした女性はその筋の女性ばかり、売春婦や援助交際頼みの女たち。おやおや。でも描写が的確ですばらしいのだけど。
しかも、そういう女性と喧嘩してゆきちがうと、もう我慢が出来ない。
「もう二度と妾だの、囲い者なんぞ置くものじゃない。と決心したが、それにつれて、感ずるともなく深く感じて来るのは、結婚に対する不快と反抗の念とである。結婚とは最初長くて三箇月間の感興を生命に一生涯の歓楽を犠牲にするものだ。毎日毎夜…(後略)」
と、「雲」の章の「貞吉」という男に語らせているのは作家の本音らしい。あらまあ。
何度か結婚しては離婚し、作品の題材は花柳界やらカフェー嬢や私娼、踊子やらになり、晩年は孤高に暮らしていたものね。それが悪いといっているのではない。
帰国して気骨のある耽美派の大御所になり、長い作家生活を送ったことは確かであるので。
- 感想投稿日 : 2021年8月26日
- 読了日 : 2008年12月1日
- 本棚登録日 : 2021年8月26日
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