彼方の友へ

著者 :
  • 実業之日本社 (2017年11月17日発売)
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本棚登録 : 1758
感想 : 270
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『少女の友』をモデルにした『乙女の友』をめぐる小説。『少女の友』黄金期のコンビ、内山主筆と画家の中原淳一さんの関係になぞらえて、編集部と『乙女の友』の戦中から戦後が描かれます。出版は『少女の友』を出していた実業之日本社ですので、これはフィクションも入っているでしょうが、柔らかい誌史…当時の読者や現在の愛好者へ向けてのPRでもあると思います。

主人公の佐倉ハツは、音楽の道に進むのを諦め、仕事を探す健気な少女。でも、どうも彼女の周囲の環境はきな臭く、学校へも進まなかった彼女は、やっと見つかった勤め先、憧れの『乙女の友』編集部でもみそっかすで…といった導入。冴えないハツが、どんな経緯を辿って、お給仕から使い走り、編集の補助から作家、主筆へと変転を経てゆくのかが、老女になったハツの記憶から綴られてゆきます。

このお話、良いところは既に皆様がレビューしてらっしゃると思うのですが、私は、ハツこと佐倉波津子が、目のさめるような才媛ではなく、苦労して、貧乏にあえいで、時局の荒波にも揉まれる、ごく普通の女性であることが読みどころだと思っています。あまりにも不器用で、冴えなくて、いつもおどおどと、失敗も多い彼女は、正直華やかな『乙女の友』には、あまり似つかわしく見えません。頑張り屋でいい子なのに、あまりに雨に打たれた小さい雑草のお花みたいで、読んでいて、もういいよと気の毒になってきたりもします。

彼女の知らないところで回る時局や戦争の影。男女や作家同士の軋轢などは、不気味な大きい手のようです。実際、そこから守られてもいたし、自身も素直で清らな女性であったから、いざって時の大活躍が出来、ひたむきに敬慕する有賀主筆の背をみつめてもゆけたのでしょう。まるで朝の連ドラのような引き込まれ方で、一日で臥せりながらも読んでしまいました。

焼け跡で、画家の長谷川(中原さんがモデルでしょうね)と、もう一度雑誌を作ろうと誓う場面、こうなのだろうと解っていても、当時の焼け野原で、その意気はいかに尊かったことか、空襲の場面が凄まじく、哀切であるだけに、胸に響きます。

こうして、本の感想が自由に書ける。好きなものは好きと言える。可愛いもの、愛らしいものはたくさんある…。愛しているひとには、愛を告げる自由がある。なんてすごいことでしょう。人間の明日は、わかりません。地震があったり大雨が降ったり、自然は猛威を奮っているし、事故にあえば人の命は儚い。病を得れば幸福も崩れるかもしれない。でも、少なくとも私達は、こんな自由を享受している。明日をも知れないということは、なくていられる。幸せで、すごいことだなと思いました。少女たちに最上のものを…。その志は、きっと多くの出版人にも受け継がれているでしょう。

中原淳一さんの画業にしても、今も愛されていて…。フローラゲームのような紙の宝石以上に、私達の胸に、宝石のような煌めく夢や優しさを、残していると思います。強く、ひたむきに。ただの私の、野辺にある人生を大事にしてねと言われたような、そんなひとときでした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: レトロ乙女文化
感想投稿日 : 2020年9月13日
読了日 : 2020年9月13日
本棚登録日 : 2018年5月23日

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