ドストエフスキーの「無条件に美しい人間」を作る試みである本作品はどのような結末を迎えたのだろうか?
だれもが公爵の心の美しさに惹かれるが、結局は彼を憎む、疎むようになる。終局でのリザヴェーダ夫人のように、一歩離れたところからでないと付き合えないものということ?
純粋無垢な人間はこの社会では生きられず、結局白痴でいるしかないということ?
それとも我々の醜さを浮き彫りにするのが試みだった?
ドストエフスキー作品を多く読んできましたが、この作品は苦手なようです。
ただ以下のあとがきの文章が、読解の手助けになると思います。
あまりに深読みする読者が、この言葉(白痴のこと)を「無垢の人」といったニュアンスで受け取ることのないよう注意しておく。作者は「無条件に美しい人間」を周囲の人びとに「白痴」と呼ばせることによって読者に挑戦しているわけである。われわれはいったいいかなる人物を「白痴」の名で呼んでいるのか、と。
もちろん私は深読みしていました・・・
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
露文学
- 感想投稿日 : 2010年10月21日
- 読了日 : 2007年8月7日
- 本棚登録日 : 2010年10月21日
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