ロベルト・ポラーニョはチリ出身の作家でメキシコ、エルサルバドル、フランス、スペインなどを放浪。豊富な越境体験を活かした小説を発表。ボルヘスなどラテンアメリカ文学の影響も濃い。「2666」は遺作にして最長ボリュームの長編小説。いわゆるメガノベルであり、分厚い。読み始めるまで億劫だが、いざ読んでみれば、現代世界文学最前線的な内容を堪能することができる。
「2666」は五部に分かれている。全体を通して、サンタテレサという架空の街で発生した未解決の大量殺人事件について語られる。
第一部批評家たちの部の主人公は、四人のヨーロッパの文芸批評家である。フランス、イギリス、スペイン、イタリアの大学で働く四人の文芸批評家は、謎多きドイツの小説家アルチンボルディの研究者である。彼らはヨーロッパ各地で開催されるアルチンボルディ関連の研究会で知り合い、親交を深め、恋愛関係にもなっていく。アルチンボルディの行方を追ううち、四人はメキシコ国境の町サンタテレサに向かうことになる。この第一部だけでも十分面白い。国境を渡りまくるし、書物に関するボルヘス的小説にもなっている。
第二部アマルフィターノの部は、サンタテレサで四人を案内し、アルチンボルディの翻訳者でもある哲学教授アマルフィターノが主人公である。チリ出身のアマルフィターノが、何故一人娘のロサを連れて、砂漠の街サンタテレサに移り住んだかの経緯が綴られる。彼のノマド的人生とともに、文学作品に関する言及、狂気、サンタテレサの街に漂う不穏な空気が描写される。
第三部フェイトの部は、ニューヨークの新聞社で働くアフリカ系アメリカ人の記者フェイトが主人公である。フェイトはボクシングの観戦記事を書くため、サンタテレサに派遣されたのだが、未解決のまま被害者だけ増えていく連続殺人事件の話に興味を持つ。
第四部犯罪の部では、1993年から1997年までの間に数十人の女性がサンタテレサで殺害されたその経緯が詳細に記述される。犯人と思わしき青年が逮捕され、拘留される。しかし、その後も女性の猟奇的殺人事件は続く。模倣犯なのか、単なる類似した殺人事件なのか、真犯人は捕まっていないのか、真偽定かでないまま、被害者は200人とも300人とも言われる規模に及ぶ。
第五部アルチンボルティの部では、謎の小説家アルチンボルティの自伝的小説になっている。ハンス・ライターという名のドイツ人青年がアルチンボルティと名乗るようになった経緯と彼の生い立ちが教養小説のごとく綴られる。ハンス・ライターは1920年にプロイセンで生まれ、第二次世界大戦にドイツ軍として従軍する。ポーランド、フランス、ルーマニアとヨーロッパ諸国を転戦したハンス・ライターは、ウクライナの村で療養中、ユダヤ系ロシア人アンスキーの手記を発見する。
ここから小説はアンスキーの手記の中に移行する。モスクワでアンスキーは、ロシア人SF作家イワノフと知り合う。イワノフは共産党政権下で名声を手にした後、政府に作品を否定されて射殺された(入れ子構造で物語が語られる複雑な構成である)。戦後、ハンス・ライターは、アルチンボルティという小説家になる。
物語の最後、アルチンボルティの妹ロッテが登場する。ロッテは結婚して、ニューヨークで暮らし始めた後、兄と音信不通となる。ロッテは、とある理由で一人息子に会うため、メキシコのサンタテレサに向かう。旅の途中、アルチンボルティという作家の小説を読んでいる時、この本の作者は兄だと確信する。ロッテがアルチンボルティをサンタテレサに呼び寄せたところで、長い小説は終わる。
さて、この小説は未完である。連続殺人事件の顛末は謎のまま残されているが、全体が円環しているし、これでよいと思う。
完成前に作者は亡くなってしまった。生活費にするため、五冊の短編小説に分けて出版するようポラーニョは遺族に頼んだが、遺族は出版社と話して、一冊の分厚い長編小説として発表することを選んだ。結果、『2666』は10以上の言語に翻訳され、英語版は2008年度全米批評家協会賞を受賞し、ポラーニョの代表作とみなされるようになった。日本語版も分厚い。しかし、現代世界文学の流れに触発されたいなら、読むべき小説である。
- 感想投稿日 : 2015年9月27日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2015年9月27日
みんなの感想をみる