卍(まんじ) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1951年12月12日発売)
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感想 : 301
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軽い本が読みたかったので谷崎潤一郎の『卍』。私にとって谷崎は軽い方。
というのは文章が読みやすいからで、内容は一般的に考えると軽くないのかな?ただこの作品に関してはトラジコメディじゃないかなと思います。『痴人の愛』もコメディが入っていて、映画版の方を観るとより強調されている。

最近、大映の増村保造監督の映画をちょいちょい観ていて、増村監督って谷崎や三島由紀夫原作の映画をかなりやっている(三島とは大学からの知人)。他に谷崎原作だと大映時代の市川崑さんも。
『卍』も増村監督の映画版があって、そのうち観る予定だけど先に原作からと思って読みました。

手に取るまで全く知らなかったのだけど、レズビアン、バイセクシャルものでした。映画だと私が観たものは『噂のふたり』『テルマ&ルイーズ』『モンスター』『キャロル』『お嬢さん』などで、やっぱりそれらと若干近いところも感じる。
LGBTものだと、いまなら社会派作品になることが多いけど、『卍』はそうではなくてミステリ小説に近い。というよりほぼミステリ小説なんじゃないかな。

文章が全編大阪弁の口語で書かれていることが特徴です。そして主人公の園子さんが先生(ワトソン君的なポジションの谷崎?)に対して語っていくという手法。じわじわと怖いのは、ここが若干「信頼できない語り手」になっている点。
冒頭から、登場人物のふたりはすでに亡くなっていることが示唆されている。主要登場人物は男女ふたりずつ4人で、これが4本の腕を持つ卍という字のように絡み合って、それぞれの欲望や思惑を満たすために嘘をついたり、謀略をめぐらす。
……という、いつもどおりの谷崎で、面白かったです。大阪弁のリズムですらすらと読みやすい反面、読みにくいところもあったり、「嘘」のプロットが若干複雑でよくわからないところもあったけど、楽しめました。

谷崎は関東大震災のあとに神戸に移住して、『痴人の愛』を発表。その次ぐらいが『卍』で大阪弁、そして『春琴抄』でこのスタイルが完成される。
たまたま少し前にロマンポルノの『四畳半 襖の裏張り』を観たけど、いわゆる大正ロマンでまず思いつくのが谷崎。『卍』は昭和初期の話。明治の末ぐらいに女性同士の心中事件が大きく報道された結果、女性の同性愛が注目されるようになってきたとのこと。『小さいおうち』に引用されてた吉屋信子さんも大正時代にデビューしている。

『卍』はレズビアンものとしてはかなり古くて、谷崎だから耽美で変態もの……男性側からの興味本位的な部分もあることは留意すべきかと思う。だけど、現在の作品でも百合やBLなど、すでにジャンルとして成立しているし、女性がBLを読む時の受け止め方とそう大差ないのかもしれません。
トッドヘインズ監督の『キャロル』の他の方の感想で、ケイトブランシェットがファムファタール的だと捉えた方がけっこういて、私はそんなに思わなかったのだけど、そういうファムファタールとしてはだいぶ前に谷崎がやっているから、そことの共通性はあると思う(そして『キャロル』の終わり方は『卒業』に非常に近いと感じた)。

私の脳内キャスティングでは、園子さんの夫の柿内氏は小林桂樹さん…成瀬巳喜男の『めし』みたいなイメージ。最後はちょっと違うけど。
もうひとりの男、綿貫はピーター。池畑慎之介。市川崑の『獄門島』の鵜飼のイメージがあるせいか。
女性陣ふたりはとくになし。

増村監督の映画版だと、ファムファタールの光子が若尾文子。増村&若尾コンビ。綿貫が『しびれくらげ』にも出ていた川津祐介。
園子が岸田今日子で、夫が船越英二と、大映時代の市川崑と共通するキャスティング。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2020年7月27日
読了日 : 2020年7月18日
本棚登録日 : 2020年7月15日

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