著者のまえがきによると、これまでのひきこもり関連の自著では実践的な内容が主だったのでこの本では根本的な理論の部分について書いた、とのことですが、実際はラカン、コフート、クラインら著名人の理論がざっくりと紹介されているだけで、ひきこもりに対する著者自身の考えはあまり書かれていない点が残念でした。現代の精神科医でフロイトやクラインのようなビッグネームの影響を受けていない人はいないとは思いますが、それでも物足りなさを感じました。
また、本書も『社会的ひきこもり』も、ひきこもりの家族や治療者へのアドバイスが主な内容になっており、ひきこもり当事者の視点に立った内容はほとんど書かれていないので、当事者が読んでも得るものはあまりないと思います。
数年前にNHKで見たひきこもりを扱ったドキュメンタリー番組で、斎藤氏の著書を読んだひきこもり当事者が自身の家族に「理解と協力」を求めるも無視される、という場面を見たことがあります。
本書や『社会的ひきこもり』で述べられているのは、(ひきこもりの)家族が本人への共感を示して働きかけを行うことによってひきこもり状態を改善していこう、ということですが、そもそもそんな風に素直に子供と向き合うことができるような親のいる家庭だったなら、大した問題には発展していないのではないでしょうか。
ひきこもりについての著書や手記など読んでて思うことですが、ひきこもりは本人の家族・家庭にどこかしらおかしなところがある場合が多いと感じます。(そして悲しいことに、今の日本社会ではそういう「病んだ家庭」は珍しくもない)
しかし著者は家族や社会などのひきこもりの背景にある事柄についてはほとんど述べておらず、表層的な部分しか考察していないと感じました。
また少し気になった点として、『社会的ひきこもり』でも同様の記述がありましたが「異性からの承認」が重要だという発言は単なる著者の価値観の押し付けでしょう。恋愛に価値を置くかどうかは人によりけりなのだから。
ただ、上記のような気になる部分はありますが全体的にはまあ無難なことを述べていると思うし、ひきこもりという言葉がまだメジャーではなかったころから活動してきた方であり、ひきこもり問題の認知に貢献している点は評価したいです。
しかし、パイオニアには偉大なパイオニアとそうでもない人がいますが、斎藤環氏は残念ながら後者ではないか、というのが正直な感想です。
ひきこもりの考察なら、本書でもちらっと名前が出てきますが斎藤学(さとる)氏の方がはるかに鋭い事を述べていると思うのでそちらをお勧めします。
- 感想投稿日 : 2021年11月2日
- 読了日 : 2021年10月31日
- 本棚登録日 : 2021年10月13日
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