今まで読んできた宮部作品とはどこか違う。伏線の張り巡らされた緊張感ある作風が今回は見られない。
主人公は高校生の花菱英一と年の離れた弟、光。花ちゃん、ピカちゃんと周りから親しまれている(両親まで彼らをこう呼ぶ)。店舗付き住宅を家ごと買い取り、少しだけリフォームして住みついた花菱家。 味のある「小暮写眞館」の看板はそのまま、ウインドウあり・フォトスタジオありのこの新しい家になかなか馴染めずにいるのは英一くらい。この 「小暮写眞館」に女子高生から心霊写真が持ち込まれ、英一は親友テンコらと共にその謎を追う羽目になるのだが・・・
歯科医の息子テンコや、甘味屋の娘コゲパン、弁護士の息子 橋口、乗り鉄のヒロシやブンジ。激しくコミュニケーション下手の不動産屋事務員 順子。
英一を取り巻くのは個性豊かな面々だが、手に汗握るようなハラハラものの展開にはならない。
この作品は宮部さんにとって現代小説では初の「ノンミステリー」。「何も起きない小説」なのだ。
これまで多くの殺人事件を描き、登場人物を不幸にしてきた彼女だから・・・「 『理由』の一家4人殺害事件。『模倣犯』の連続誘拐殺人事件――。「書いてつらくなるような事件は『もう書きたくない』という気持ちが、正直、出てきてしまいました」。執筆に寄せてこう語る。
------かつての社会派推理小説のように、伏線が絶え間なく連鎖するスリリングな展開にはならない。花ちゃんと友だちの会話など、「本筋とは関係ない無駄話をたらたらと書いているんです」。感情が盛り上がるような場面も、あえて筆を抑制した。「ゆるさを大切にしたかった」からだ。
そんな気持ちの根は、『模倣犯』にある。「たくさん人を不幸にしたので……。あと引っ張っちゃったんですね」
回復には時間が必要だった。現代小説から離れ、時代小説やファンタジーを書きながら、物語の楽しさを再発見していった。大きなきっかけは、アニメ映画化もされた『ブレイブ・ストーリー』だった。「新しい所は何にもないファンタジーなんですが、たくさんの人に気に入られて。勇気づけられました」
執筆にあたり、意識したことがある。1998年の作品『クロスファイア』で描いた女性のことだ。彼女は周囲との対話がうまく行かず、苦しむ。今回、その女性と人物造形が重なる順子という女性を描いた。「同じような女性が、周りの人との出会いと支えで、明るく元気に生きていけるように書こうと思った」。順子は、緩やかな対話のなかで幸せを見つける。「今回は『ブレイブ・ストーリー』と同じぐらい、書いていて楽しかったんです」
40代の自分が描く「高校生の青春小説」にリアリティーがあるか不安もあったが、背中を押したのは、20歳で小説すばる新人賞を受賞した朝井リョウさんの『桐島、部活やめるってよ』だった。同賞の選考で読み「言葉遣いは違うけれど、登場人物が同じメンタリティーをもっているじゃないかと、自信が持てました」
デビュー23年目。脱稿してから、新人のような気持ちで本ができるのを待った。「タフでない、しおしおと書くものを面白いなと思ってもらえたらいいな。私はタフじゃないんだ、と正直に打ち明けて」------
厚さにして4センチ、722ページの量感は、読むだけで筋トレになりそう。でも、この本に宮部さんが込めた思いの強さはうかがい知れる気がした。
- 感想投稿日 : 2013年12月5日
- 読了日 : 2013年12月5日
- 本棚登録日 : 2013年12月5日
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