日米関係史 (有斐閣ブックス 103)

著者 :
制作 : 五百旗頭真 
  • 有斐閣 (2008年3月31日発売)
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感想 : 5
4

ペリー提督による日本開国から9.11後の日米外交を通史的にまとめた概説書。課題図書でしたが楽しく読めました。全体的にものすごくよくまとまっている印象。
 批判的な評価よりは、いかに日米外交が「成功してきたか」を評価している。それ故、逆説的に外交官個人の能力に如何に日米関係が左右し、また頼られてきたかが浮き彫りにされており、いかにも不安定な印象を得た。日米関係は今まで漠然ともっとしっかりした基盤から成るものだと思っていた。おそらくは初等教育で受けた戦後日本のアメリカによる占領支配の歴史であったり、米軍基地の存在であったりだが、その占領支配の歴史も、米軍基地の存在も、幾度とない危うい外交の結果だったことに驚いた。その最初の日米関係の危機がペリー提督の時代からすでに始まっていたことを知ったのは、本書を開いて最初の衝撃だった。「日本か中国か」というアメリカの東アジア政策におけるジレンマと、またペリー提督の強硬な姿勢により日本を無理に開国させたというのも、政権が代わったもと大統領の信任を得ずに独断で行ったことと知り、彼がもしピアス大統領の命令を聞いていたら日本の開国は遅れていたのだろうと思うと、ここでも外交官個人の判断が今の日本をもたらしていると思うと感慨深い。
 日露戦争を経て、ヨーロッパ列強に並ぼうと「帝国主義」に傾倒するも、ヨーロッパ各国間ではもうすでにその思想が古くなっていたのに気付けなかった日本、という図はやるせなく感じた。このときに中国ナショナリズムを日本に向けてしまった、という歴史的遺恨がここに生まれたというのも印象深い。
 日本の軍部が独自の判断で開戦へ流れたことも興味深いが、ローズヴェルト大統領が開戦を望んでいたというのも気になった。第二次世界大戦開戦時には、日本は軍部を統制することができず、アメリカは大統領が開戦を望んでいた、という両者の外交官のトップの力がこうも直接的に働いているのかと思った。
 天皇の二度の「聖断」により終戦を向かえ、その後アメリカの委任統治下になったのはとても幸運だったように思われた。戦時は盟友であったソ連が共産化し、アメリカの対ソ政策の一環としてケナン構想が日本に持ち込まれたことにより賠償を免れ、日本の民主主義的経済発展がなされたことは大きいように思う。また170頁に記載のあるようにマッカーサー元帥が「非軍事化と民主化という初期の占領政策の2目標」を貫徹してくれたことも日本の軍事化防止に大きく貢献している。アメリカは早々に日本の非軍事化及び憲法9条について誤りであったと判断し、現代でも日本の軍備増強を求めている。私個人としても憲法9条を押しつけたアメリカ自身がこうも簡単に政策転換し軍備増強を求めてくるのは無責任に思える。が、集団安全保障の概念に憲法9条はどうしても馴染まないのが実情である。国際貢献のためには改正が必須である。理解を求めるには9条を尊ぶ現在の教育では難しいように思う。マッカーサーの政策のつけが今回ってきているのだとしたら皮肉だと感じた。また307頁のコラムは本書を読み進む中で徐々に意識させられてきたものだが、憲法9条の形骸化が明記されており衝撃的だった。同時にアメリカが設けた9条が、日米関係においては枷となってしまっているというのが大変残念に思われた。
 本書において、冷戦は、日本の発展に有利に働いたもののように映る。180頁、トルーマン政権時、東アジアにおける自由主義世界の重要な地点とアメリカにみなされたことにより日本の経済成長はより応援され、その中で「適切な」軍事を担うべきとされる。その中で日本が軍事増強に躊躇することにアメリカは苛立つことになるが、「アメリカが長期的な視野で日本を同盟国として育てていく道」の確立としては成功だったように思う。
 ニクソン大統領のくだりでは、日本の親米率が二年連続18%など、トップ一人の人柄だけで国と国という大きな関係がここまで揺らいでしまうものなのか、という印象を得た。それでもニクソン大統領の政策により冷え込む日米関係の下であっても、外交交渉に携わる外交官達のおかげで日米関係は危機的状況を潜り抜けることができた。こういう力は積み重ねてきた日米の関係というのがやはりものを言ったのだろうかと推測したい。
 253頁の「東海村での核燃料の再処理施設稼働問題」の項は現在の福島原発問題もあって興味深かった。エネルギーを渇望し、IAEAの視察も進んで受け入れる当時の日本政府の姿勢は健気に映る。しかし、我々国民はもちろんだが、技術者、専門家でさえ「核処理」については無知であることを思い知らされた今振り返ると、原子力発電を導入しているどの国にも言えることだが、危機管理の観点が甘かったと言わざるを得ない。他外国諸国では原発から脱し再生可能エネルギーに移っている。現在、日本内部の風評被害や放射能汚染も問題であるが、外部からの日本を危険と見なす目も広がっている。再び同じリスクを背負うという選択が果たして外交にどのような影響を及ぼすのか、今後も気になる。
 258頁以下に書かれている日本の脱アメリカ、親アジア化はニクソン大統領の影響もあったものであろう。「1970年代を通して日米関係は成熟した」というのは危機により日本も成長したことかと思われる。若干皮肉めいた結果かもしれないが、アメリカに寄り掛かりっ放しであった日本が独自の外交を打ち出せた転換点であろう。
 日本経済のバブル崩壊後、現在にも続いている「日本を軽視したり(ジャパン・パッシング)、無視したり(ジャパン・ナッシング)するアメリカの態度」が問題となった、とあるが、これを若干にしろ持ち直させるきっかけとなったのが冷戦終了に伴う中国の海への進出であることも皮肉めいている。アメリカはアジアの拠点として日本は戦略的に重要なパートナーであると位置づけるが、結局日米関係がここまで親密であるのは、ソ連もといロシアや、中国などの脅威に近しい要所としての扱いなのである。冷戦時の経過等を本書で追ううち何度もそのことを意識させられた。もちろん、アメリカの理想的な統治や、長期的な視線には感謝の念を憶えたし、アメリカ以外の他のどの国が日本を統治しても今のような経済大国にはなれなかったであろうと思われた。しかしアメリカは所詮日本の地理的位置を最も重要視しているのだと思うと暗い気持ちになった。
 未来に向け、日本人でしっかりとした対外政策を打ち出し、相手のタイミングを読める首相、外交官の活躍を望みたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史人物
感想投稿日 : 2011年9月28日
読了日 : 2011年6月23日
本棚登録日 : 2011年6月23日

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