…美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされた我々の先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。
人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗闇が一箇の甘い塊になって舌の先で解けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。
たとえば金銀螺鈿の蒔絵。白々とした照明のしたですべてを露わにして見るときと、闇の中に沈み、蝋燭の灯りに蒔絵が揺らめき、ひそやかな輝きが見えるときを想像するとする。
たとえば羊羹。室内の薄暗がりを懲り固めたような四角い菓子の、ひんやりとした切り口が、障子越しのしろいひかりをちらちらと反射する様子を思い出す。
白日の下に、または燦燦とした陽光のもとに、あっけらかんとすべてを照らしだす西洋。対して蝋燭や行燈、障子ごしのかげりにうかびあがる日本。
西洋との本質的な相違を見つめ、日本的な美の本質に迫るエッセイ集。解説は吉行淳之介。
西洋の感覚と日本の感覚、その美しさを感じつつ本質の違いをつらつらと流麗に挙げていく谷崎の日本語の語彙力。現代人の浅学なわたしにはその文章にさえ、ぞっとするようなうつくしさをかんじてしまう。
彼の目から見た日本とは、世情とは、ほんとうにどういったものだったろう。もっともっと。その作品を深く追いたい作家のひとりである。
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作家名:た行(その他)
- 感想投稿日 : 2019年3月3日
- 本棚登録日 : 2019年3月3日
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