魂の駆動体 (ハヤカワ文庫 JA カ 3-25)

著者 :
  • 早川書房 (2000年3月1日発売)
4.05
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本棚登録 : 467
感想 : 52

神林長平氏の最高傑作は、本作だと思います。
クルマというものが、本当に愛しくなった切っ掛けを与えてくれた本です。

「ものづくり」の素晴らしさ。
そして、「ものづくり」から、「づくり」へとshiftしていくこと。
本当の豊かさとは?
人間の意識と、欲望とは?
そして、魂とは?
クルマという、一種の「動物」の持つ魅力。
老いる事の意義。技術屋の本性。
そう言ったものを散りばめながら、物語は進んでいきます。

印象的なsceneをいくつか引用してみます。<blockquote>「無関係な第三者だからこそ、公平な判断が出来るんじゃないか」
「それをやると称して、そいつは当事者の人格の善し悪しを判断するような事をやる。公平な判断なんか欠陥だらけの人間に出来るわけがない。欠陥のない人間などいないよ。公平、なんてのは、その判定に不服のない者だけが言えることさ。殺されたら、なにも言えん。いい結果が出ても、生き返れるわけではない。それが常識というものだ」
「殺されるなんて、縁起でもない」
「だからさ、そうなったら、大怪我をして騒ぎになったりしてもだ、それではこちらの負けなんだ。公平な第三者なんてのが口を出す事態になったら、負けだよ。これは、あの爺さんと、われわれの勝負だ。法律なんてのを考えるのは、負けた後の事だ。勝てばいいのさ」</blockquote><blockquote>「設計というのは」と私は言った。「小説と似ているかもしれないな」
「そうか?」
「小説空間は疑似空間だ。一種現実のシミュレーションだとしても、小説自体の存在は架空ではない。HIタンクのなかでの創造は、言ってみれば小説内の登場人物による創造行為といえるのかもしれん。そこでは厳密な乱数は得られないだろう、作者の思惑により管理される世界だから」
「なるほど」と子安はうなずいた。「で、その思惑というやつから逃れられないわけだが、現実世界のわれわれも、大自然という思惑か法則からは逃れられない、所詮どこでも同じだ、というのが、きみの息子に代表される現代的世界観というわけだ」
「それは結局のところ、真に新しい事や想像などというのはこの世に存在しない、という考え方だ……寂しい思想だ。息子たちをそうしたのは、われわれの責任だな」
「なに、そう悲観的になる事はないさ。その時代にあった考え方が生じるのは当然だ。若い者はそうでなければな。十分に創造的態度じゃないか。息子たちを誇りに思えばいいんだ。おれたちに理解できないくらいの方が頼もしくっていい。しかし、まあ、だからといって、旧いおれたちがそれに無理に同調することはない。新しい時代の思潮に納得できるならHIタンクに入ればいいし、逆に嘆くもよし、おれたちはどちらも選択できる立場にいるんだ。時代を創ってきたんだから、その権利がある。歳をとる楽しみはそういうところにあるんだと思うね。長生きはするものさ」</blockquote>この二つの引用は、ともにまだ前半部のものです。
ここから、クルマの設計が始まり、そして、世界の変容へと繋がっていきます。
そこで描かれる、「クルマ」を創る一連の描写には、ゾクゾク来るほどの高揚感を貰えます。
そこに流れる思想、そして創造の手段、試み、結果。
クルマの魅力。「人間」という生物。そして、魂。
静かに、でも熱狂的に語られていく、「文明」への気持ち。
ぐいぐいと引き込まれて、気付いときには、残り僅かになっていることでしょう。
「クルマ」が好きな人にとっては、その魅力は何倍にも感じられるはずです。

圧倒的な名作だと思います。
ぜひ一読を。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本・雑誌
感想投稿日 : 2018年11月13日
読了日 : 2005年11月23日
本棚登録日 : 2018年11月13日

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