私の日本語雑記

著者 :
  • 岩波書店 (2010年5月29日発売)
4.05
  • (7)
  • (9)
  • (4)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 134
感想 : 13
5

 選び抜かれた珠玉の文章はきらきらと閃光を発して、読む者は言葉を巡る万華鏡の世界を覗き込むことになる。精神医学者であるとともに、ヴァレりーやギリシャの詩の翻訳者としても著名な著者が、世界の様々な言語と比較しながら日本語と言語について多面的に論じている。人格形成期の言語体験や外国語の習得、詩を翻訳するという経験、臨床医としての現場での発見なども総動員される。18章からなるエッセイは、それぞれ短い文章から構成されていて読みやすい。
 浮かび上がってくるのは、このエッセイ集が「間投詞」から始まっていることに象徴されるように、話し言葉へのこだわりである。日本語が膠着語であることから「対話性を秘めている」という指摘や、「もっとも元気な」連用形、「共同世界の伝統への繋がりを自然に示す」連体形、「主観的判断」を含む未然形といった、動詞の活用形をめぐる考察も面白い。「われわれはどうして小説を読めるのか」や「絵画と比べての言語の特性について」は、科学者であり詩の翻訳者でもある著者ならではの発想に溢れさながら<哲学的散文詩>を読んでいるような錯覚に陥る。
「世界の大部分が黙っていてくれるから、言語から成る小説も読めるのかもしれない」
「T・S・エリオットは、詩における意味は、それによって読者を油断させてその隙に本質的なものを相手に忍びこませるものと言っている。これは詩に限らない」
 どうやら、著者は「日本語雑記」と言って読む者を油断させておき、実は私たちを言葉の迷宮へと誘うのが狙いだったらしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ
感想投稿日 : 2012年2月11日
読了日 : 2012年2月11日
本棚登録日 : 2012年2月11日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする