――
SF入門14本、と打たれているけれどちょっととっつきにくいのはページ数だけが理由ではない…
しかし、これからのSFというジャンルを読んでいこう、って思ったとき、きっと何度も繰り返しこの作家たちに帰ってくることになるのは確かだと思う。
「Final Anchors」 八島游舷
進化した自動運転AIを題材に、事故までの0.488秒の間を描く。法廷劇チックに書かれているのが面白く、テンポも良い。
人間同士では解決しきれない問題を解決するためのAIが、より人間らしくなることで合理的解決から遠ざかる。様々なアプローチが出来るテーマだろうけれど、今作は情感のあるSFとしてグッド。
ところでこの作品の状況と似たような自動車保険のCMを海外で見た気がする。
「回樹」 斜線堂有紀
ふむ? と思ったけれど流れに乗ってみればいかにもな斜線堂作品。ひとつのSF的装置を置くことでテーマを掘り下げる形は、その周辺の現代が既にSFと紙一重になっているということなのかしら。或いはずっとそうだったのかな?
そしてやはり百合とSFの親和性の高さよ。詰まるところ、それが愛ではないと論理的に説明出来ないわけだよね。
「点対」 murashit
うーむ。実験小説…これくらいだと単純に読みにくいだけのような。奇を衒い過ぎ?
「もしもぼくらが生まれていたら」 宮西建礼
これは再読。初見よりもしっくり読めたのは成長かしら。それでも、技術的な部分の緻密さとテーマの安直さとのアンバランスがやっぱり気になってしまうかなぁ。それも青春SF的ではあるけれど。
「あなたの空がみたくて」 高橋文樹
スペオペ感もあってグッド。そして、SFでありながら科学的に上位な存在、或いは科学よりも上位な存在が見え隠れすると突然ホラー要素が増してスパイシィになりますね。
「冬眠時代」 蜂本みさ
やっぱりSFと云えば猫だよな、と思いつつ。
動物、をテーマにしたSFの面白さは、その動物の持つ習性を如何にSFと連結するか。この場合熊の冬眠とその間に見る夢をSFチックに設定していて、そのあたりそのままコールドスリープ的な話に繋がりそうでもあるのだけれど、本篇自体はどこか牧歌的なSF。
「九月某日の誓い」 芦沢央
戦争と超能力と百合、って組み上げはこんなにポロポロあるのか?! 確かにどうしたって面白いけれど。
悲壮感と戦争。それが、決して結ばれないけれど結ばれずには居られない少女同士の関係と絶妙にマッチしている。これは良作。
「大江戸しんぐらりてい」 夜来風音
歴史改変系SFはどれだけ緻密な構成で馬鹿をやるかというところが大事だと思ってるのだけれど、これは…すごい…
“徳川光圀の命を受けた学者たちが和歌コンピュータを発明する”ってあらすじからしてもう、ねぇ? 演算もの、としても面白いのだけれど、そこから更に古代文明の遺産やらそれを奪い合うエンタメ要素もばっちり。
「くすんだ言語」 黒石迩守
アイデア的には伊藤計劃トリビュートということで良いし、言語SFとしてディティールもしっかりしている。はっきり筋はとおっているのだけれどなんだか、小説としては面白くないなぁ。説明に終始しているような。
「ショッピングエクスプロージョン」 天沢時生
こういうのよ…こういうのなのよ…!
環境激変、というタグがついているけれど、良質なサイバーパンク冒険譚でもある。それでもやはり環境激変SFとしての要素が強いのは、いまの我々にも馴染みのある世界構造のほんの一部に集中してSF的想像力を注ぎ込むことで世界そのものを大きく書き換えていて、そのことが物語自体の中核になっているからだろう。具体的にはド○キだが。
着想ももちろんだけれど、タッチがとても好みで引き込まれました。いい意味で雑な、これくらいでいいだろう? って態度の用語設定だとかルビだとか、シェイキィな会話だとか。小説はこうでなくちゃね、って感じ。
「青い瞳がきこえるうちは」 佐伯真洋
SFには希望が詰まっている。
技術力も想像力も、本当に、それを使う人間の想いに大きく左右される。全体的に悲壮感のあるストーリィなのだけれど、技術をよすがにして出来ないことを出来るようにしようとする、わかりあえないものを少しでも、ほんの少しでもわかりあえるようにしようとする、その前向きさが、静かでけれどしっかりとした歩みのような文体と非常にマッチしていて佳い。
「それはいきなり繋がった」 麦原遼
ポストコロナSFというジャンルも、悲しいかな軌道に乗ってしまった感があるけれど、その中でも特殊な一編。パラレルワールドものでもあるのだけれど、その対となる世界と積極的に繋がろうとする理由のひとつが感染症の蔓延でもあるという部分に面白さを感じた。マイナスの要素に、しかし背中を押されることだってもちろんある。
「無脊椎動物の想像力と創造性について」 坂永雄一
一流のSF作家は一流の研究者である…と思いがちだけれど、或いは研究者としては異端になりやすくもあるのだろう。なんとなく陰謀歴史論とかトンデモ中世史、とかを語っている歴史家と紙一重のようにも思える。
それでもこの作品はやっぱりSFとして本物だなぁと思うのは、簡単に笑い飛ばせない恐怖、畏怖がしっかりあるからでしょう。ある程度の近未来SFには共通して、有り得べきみたい、という恐ろしさが付き纏う。
そんな中で、その未来それも絶望的な未来に対面して希望ばかりを描く主人公の姿に、SFの面白さ楽しさを存分に感じた。
名作であるのはもちろん、このアンソロジーのテーマをいちばん表しているように感じました。
「夜警」 琴柱遥
“物語だけが光の速度を超える” まったく至言である。
ここまで読んできて最後にこの、云わば純文学系SFを配する編者にはさすがのひと言。SFに込められた希望も絶望も、可能性も恐怖も、物語の推進力無くしてどこにも届くことはない。
ほんとうに。
生きるために、読んでいる。
どっと疲れた。けれど本当に、有難く得難いアンソロジーだと思います。
何度も手に取って、また世界が変わったときには戻ってこよう。
☆4.7
- 感想投稿日 : 2022年7月15日
- 読了日 : 2022年7月15日
- 本棚登録日 : 2022年7月15日
みんなの感想をみる