「君たちに明日はない」
山田周五郎賞受賞作。
ハードボイルドな男たちが活躍する小説で定評があるという垣根涼介評や代表作「午前三時のルースター」「ワイルド・ソウル」の作風からするとサラリーマン小説はとても意外。図書館でもチラ見が数十回続いてしまったくらい意外だった。
面白い小説には、魅力的なキャラが登場している可能性が高いと個人的に考えている。極端なことを言ってしまえば、最高に愛すべきキャラがいれば、その物語も最高に読者を惹きつける。その点からすると「君たちに明日はない」は、最高クラスに憎めないキャラ・村上真介を主人公にしている。彼が、面接者との出会いを通じて、恋と仕事との向き合い方を深めていくのだが、とても惹きつけられる物語になっている。
村上真介は、リストラ請負会社に勤めるクビ切り面接官である。クライアントの意向通りに面接者を辞めさせるのが仕事だ。当然首尾よく行くわけもなく、面接中では面接者から睨まれ、罵倒され、泣かれる。また、リストラされるべき不届き者も会社組織の都合で何も悪くない者もいる。そんな彼らと対峙し、真介は公平な目線で粛々と業務をこなしていく。
しかし、不意に全てのものをぶち壊したくなる。リストラされるべき下衆野郎を首にするのは当然だが、その下衆を見て見ぬフリを続けたクライアントと彼ららの意向に沿って辞職勧告を下す自分にうんざりするのだ。
とここまでの真介を見ると「あ〜、仕事に葛藤しながらも、もがきながら頑張っているんだな」と思うのではなかろうか。確かに、最終的には、そう思う。「意外と良い奴なんだな」とか「仕事を生き方として捉えるようになって立派だな」とか見直す点は多数ある。
しかぁぁぁぁ〜し!これだけは、必ず述べなければならない。<b>序盤はただのヤバイ奴にしか見えない!</b>と。
好みだった陽子を見た途端、すぐさま飯に誘い、いきなりキスをかまし、陽子から特大のビンタを食らう。が、全く懲りない。挙句の果てにやっぱり陽子みたいなタイプは笑けてくると言うのだ。見たら笑けるって女性軽視で訴えられるレベルじゃなかろうか。後々、真介は自分は変態かも知れないと呟くのだけど、いやいや、かも知れないじゃなくて、確定だから。ばちぼこ変態で、サドもマゾもどっちも素養ありそうなだから!と何度思ったことか。
この真介のヤバイ感じが良い具合にリストラというシビアな内容と絡まってユーモラスになってるものの、とりあえず真介=変態且つヤバイ奴なのである。
しかし、真介はFile3から徐々に変態性を抑えて、まるで別人のような進化を見せる。きっかけはその前のまるで子供の様なリストラ候補者を面接したことだが、そこから一気に変幻してしまう。陽子との時間や仕事との付き合い方、そして何故この仕事を嫌いになれないのかという問いに向き合って答えを見つけていく。そして気づいたらヤバイ変態野郎じゃない真介になっているのです。
また、真介だけでは無く陽子を始めとするリストラされる側にもドラマがある。それが明確に描かれるのは二編だけだが、それぞれが後ろ向きのまま会社を去ったり、今後の人生を結論付けたりするのでは無く、新しい道を見つけようとしていく。真介はクビ切り面接官として間接的に彼らの背中を押している。その点でも、真介はただの変態野郎では無かった訳だ。
と、滔々と憎めないキャラ真介を語ってしまった。繰り返しになってしまうが、この魅力的な真介によって、重すぎずユーモアありで、希望にも満ちた面接官も面接者も奮闘する小説になっている。面白かった。
因みに、キャッチコピーは“恋に仕事に奮闘する社会人に捧げる、勇気沸き立つ人間ドラマ”だが、なるほど、恋に奮闘するには100点は上げれないが、少なくとも勇気沸き立つには100点をあげれるかも知れない。
<収録作>
File1:怒り狂う女
File2:オモチャの男
File3:旧友
File4:八方ふさがりの女
File5:去り行く者
- 感想投稿日 : 2018年10月25日
- 読了日 : 2018年10月25日
- 本棚登録日 : 2018年10月25日
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