ひだまりトマトさんのレビューで、明治の知ってる名前、知らない名前が次々と出てくるお話と聞いて興味が湧く。どうせならば最初から読もう。「世界でいちばん透きとおった物語」を読んで京極夏彦さんのグラフィックデザインを改めて確認したいという動機もあった。いやあ、改めて隅々まで目配りの効いたデザインで感服。しかも今回は、サプライズのように鮮やかな絵画が突然現れる。
ときはおそらく明治25年。我々にとって、阪神大震災やオウム事件がまだまだ歴史になっていないように、彼らにとって江戸や御一新はまだちょっと前の過去であっても歴史ではない。
四ツ谷辺りのいなか道に、そうと思わなければ通り過ぎてしまうような奇体な書舗(ほんや)がある。街灯台よりももっと大きな三階建、軒に簾が下がり半紙にひとつ屋号が貼られている。ー「弔」と。店主は、本は呪物でございますよ、という。
「文字も言葉もまやかしでございます。そこに現世はありませぬ。虚(うそ)も実(まこと)もございませぬ。書物と申しますものは、それを記した人の生み出した、まやかしの現世、現世の屍なのでございますよ」署名は戒名、洋装本の背表紙に刻まれているのは墓碑銘、さながら書舗は墓地。よって「弔堂(とむらいどう)」という。
元服仕立ての頃に髷を切ったので武士に拘りはない、元旗本の嫡子で高等遊民的な精神の持ち主高遠さん(35歳)が、京極夏彦の分身のような弔堂店主が勧める「本人にとって一生に一冊の本」の話に耳を傾ける話である。
グラフィックデザインも興味深いのだけど、京極夏彦さんがわざわざ漢字にふるルビがとても面白い。曰く。
亭主は莞爾(にこにこ)と笑った。
墓は石塊(いしくれ)
動作も緊緊(きびきび)しているが
暫く見蕩(みと)れていた。
時に君、幾歳(いくつ)だね
無論ですと決然(きっぱり)云って
珍粉漢粉(ちんぷんかんぷん)である←なんと、スマホ漢字にあった!
この二人は従者(ただもの)ではない
変梃(へんてこ)な被り物
ふ、巫山戯(ふざけ)ないでくだいよ
辿々(たどたど)しく伝えた←スマホ漢字有り
背徳(うしろめた)いだけである
鹿爪(しかつめ)らしい在り方をして
「探書弍 発心」において、店主は尾崎紅葉のいち書生の悩みを解きほぐす。尚且つ書生のデビュー作にと、或る資料を売り渡した。現在デビュー作は「泉鏡花集成1(ちくま文庫)」の巻末短編にあり読めるのではあるが、残念ながら県立図書館に蔵書していないので諦めた。その代わり、青空文庫において「おばけずきのいわれ少々と処女作」に、弔堂店主との会話の多くをそのまま写したような文章が載っている。是非ご一読いただきたい。
━━━━凡ては推測でしかなく、弔堂との関わりも、知りようのないことである。知ってもしょうがないことだし、またどうでもよいことでもある。文字に書かれてしまえば、皆嘘なのだから。
そして私、高遠彬がその後どうなったかもー。
誰も知らない。
書楼弔堂 破曉・了
結論をみなさんに読ませて仕舞いました。終わりから始まることも、実はあるからです(←でまかせ)。
久しぶりの京極夏彦煉瓦本也。
癖になりそうで、怖いʕ •ﻌ•; ʔ。
- 感想投稿日 : 2023年8月9日
- 読了日 : 2023年8月9日
- 本棚登録日 : 2023年8月9日
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