センス・オブ・ワンダー (新潮文庫)

  • 新潮社 (2021年8月30日発売)
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感想 : 160
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 再読。単行本版の森本二太郎さんの表紙の写真の印象が、あまりに強すぎて、今回の川内倫子さんの写真は綺麗すぎるのが気になり、最初はどうかなと思ったが、次第に、これはこれでいいなと思えるようになってきて、川内さんは、「母の友」の連載でもお馴染みだけど、改めて光の表現が上手い方だなと思う。

 『センス・オブ・ワンダー』=『神秘さや不思議さに目を見はる感性』の素晴らしさを唱えた本書は何度読んでも、最初のシーンの、嵐の夜の波飛沫を投げつけてくる海を見て、心の底から湧きあがる歓びに満たされて、一緒に笑うレイチェルと、その甥ロジャー(当時1歳8か月)に、限りない共感を寄せてしまい、そこには知識や理屈で考える以前の(知ることは感じることの半分も重要ではない)、何か本能的な、とてつもない大きな力で満たされた圧倒的なものの存在感を、ただただ実感させられるだけではなく、私たちの知らないものに出会ったことへの歓喜の叫びもあり、そうした世界の神秘さや不思議さを感じられることの素晴らしさは、きっと人生を彩り豊かなものにしてくれるであろうことを、本書は教えてくれる。

 また、それに加えて、本書の意義深い点として、1962年に彼女が書いた『沈黙の春』の後に、本書を完成させようとしたが、志半ばに未完となった経緯があり(1967年4月14日、56歳で死去)、その『沈黙の春』が、環境汚染と破壊の実態を世に先駆けて告発したことにより、彼女の先見性を証明した作品であることから、本書は、『破壊と荒廃へつき進む現代社会のあり方にブレーキをかけ、自然との共存という別の道を見いだす希望を、幼いものたちの感性のなかに期待している』といった、『環境教育の必要性』を唱えた作品であることに、改めて気付かされたことが、私にとって大きく、おそらくそれは、現代の方が、よりシリアスに考えなければならない重要事項だと感じ、私たちは生きていることもそうだが、その前に自然に生かされているといったことも、そろそろ実感しなければならないのだと思うが、どうなのだろう。


 そして、文庫版だけの特典として、新たに寄稿された四人の解説エッセイが、また興味深い。

 まずは、生物学者の福岡伸一さんの、『人間は細胞のレベルでみると、つくりやしくみは酵母やハエと殆ど変わらない』が、ひとつだけ人間が他の生物と異なる点は、『ことさら長い子ども時代がある』ことであり、それが脳を鍛え、知恵を育み、文化や文明をつくることに繫がり、要するに、それらがつくられた始まりは遊び心だったということであり、改めて、『大人になるとやってくる倦怠と幻滅』にも納得のゆく思いとなり、大人になること(色気づくこと)は、どうしても闘争、競争、警戒が優先される喪失の物語なのだと気付くことにより、素晴らしき感性を思い出すきっかけを与えてくれるのは、現代社会の真っ只中に於ける、一服の清涼剤から、一生大切にしていきたい、そうした思いへと変わることを期待しているのだと、私は思った。

 次は、批評家、随筆家の若松英輔さんであり、レイチェルの眼差しは、自然科学者というよりも『自然詩人』のそれであることから、文学(哲学)と科学は共存しうる点に興味を覚え、そして、『人間の知識ではいまだに説明できない、何かを感じ続けること、それが人間を真の意味で人間に近づける』ことにより、『もう一つの自己発見の道程』に繋がることの素晴らしさは、この後の大隅典子さんの解説、『微小な生物にそれぞれの生活や世界があることを知ることは、人間を相対化できることにつながる』からも読み取れて、『センス・オブ・ワンダー』には、ある種の恐ろしさや崇高さが含まれることによって、自分自身を見つめ直すことができて、そこで新たに生まれ出るのが、自然への畏怖や敬意であり、そこから自分の立ち位置を考えることは、おそらく自分自身への愛おしさも、より湧いてくるのではないかなと思わせるものがあった。

 そして、上記でもふれた、神経科学者の大隅典子さんであり、ここでの、『幼い頃に体験したことは、覚えているという自覚が無くても、脳の中に刷り込まれていると信じて良い』に、とても嬉しいものを感じられたりしながら、特に印象的だったのは、『明瞭でディジタルな刺激だけではなく、曖昧でアナログな刺激が子どもにとって(大人にとっても)必要』であり、今は動画で手軽に世界各地で起こる様々な自然現象を見たり聞いたりすることができるが、私はそれと、実際に生で見て聞くことが、全く同じであるとは思わず、それはあくまでも媒体を通したものしか感じ取ることが出来ないが、実際に見たときには、視覚も聴覚もそこの空気感含めて、より感性が際立ち、更には、その生の存在感を嗅覚も含めた五感全てで、ありありと感じられるだろうし、また、その五感の面白さとして、夜の闇だと
それらが研ぎ澄まされることがあり、そこでは視覚が抑えられ、音や匂いに更に敏感になることから、小さな差異に気付きやすくなることも興味深く感じられた。

 最後は、童話作家の角野栄子さんで、彼女自身、34歳になって物語を書く仕事を始めて、こんなに好きだったんだと気付いたことにより、『何歳からだって、好奇心を持ち、想像力を育み、創造することができると、信じている』といった思いには、感性を磨くことのみならず、人生に於いても心強い気持ちにさせられ、励まされるものがあった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2023年11月24日
読了日 : 2023年11月24日
本棚登録日 : 2023年11月24日

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