タタール人の砂漠 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2013年4月17日発売)
4.13
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感想 : 182
4

面白かった!
すごい。
不穏で不気味な砦。
そこにウン十年閉ざされる人々の心の霞がかった状態というか(むしろ本人は澄んでいる状態)、得体の知れない人間の心を描いた作品。
面白い。
怖い、と書かずにじわじわ忍び寄る時間の経過と身体の劣化。
なんとも言い難い魅力のある本。

(ふだんあまり本の趣味が合わないという、森見登美彦さんと万城目学さんが、ともに面白かった本、という紹介をTwitterで見たので、私も興味を持って読んでみた。
はじめにブッツァーティの紹介を読む。
なんかカルヴィーノっぽいな、と思ったら、そのジャンルの双璧だった人だ。
カルヴィーノ愛読者を二十年以上やっているのに、今までこの人の名前すらろくに認識してなかったけど、これは期待できそうと読み始める。カフカっぽい、という紹介でやや警戒したけど読んで良かった。)

最初に主人公が出会う、どこか不気味なオルティス大尉の心情は、のちに驚く形で明らかになる。主人公と大尉の間にはやや不思議な友情もうまれる。

治外法権とでもいうのか、砦にある仕立て屋の世界が面白い。その兄はその後どうなったのか。

のちに凍死する、友人の死を予感させる美しい葬列が印象的。

後半、主人公が一瞬だけ地元に戻る際、彼は切望したはずの故郷に、何かちぐはぐな感覚を覚える。
婚約者だった女性とも隔ったものを感じてならない。
そのなかにも何度も修正するチャンスはあったのに、主人公は結局砦に戻ってしまう。

読みながら読者は、早い段階で、たぶん主人公はずっと砦に留まるだろうとわかる。
その世界から、逃れられない。
孤立した要塞に、いつか来るかも知れない敵。
敵の存在こそ、自分達を 居てもいい存在 にしてくれる。
そんな敵を待ち焦がれるあまり、妄執に襲われる同僚。
やがて…!
しかし!
そのとき、主人公はすでに…!
…と、『何も起こらないが面白い話』と聞いていたけど、けっこうアレコレ大きいことが起こるではないですか。

この小説の主人公は、砦であり、時間なんだろう。
物理的に、心情的に、居場所を求めている男たち。
それが叶ったとき、時間は既に過ぎている。
そういう意味では恐ろしい話かも。

砦も敵もないけれど、これに近い感覚は多くの現代の若者が持っているものだ。
地元を離れて、閉ざされた場所(すべての人間関係が組織内で完結する場所=拘束時間の長いブラックな職場)で仕事についた人は、けっこうこんな心情になるのでは。

(そういえば、前半の展開から『白い果実』を思い出したような。あれも凄かったなあ。あと敵を待ち望む矛盾した様子は菊池寛『恩を返す話』みたい)

私は全然知らない小説だったが、ブクログでは登録数の多い本だったので驚いた。実は有名だったのかな。
小学生だった私は図書室の本でロダーリにハマり、長じてからは、カルヴィーノ、ギンズブルク、タマーロ、ピッツォルノ、須賀敦子あたりが好きだった。いまも児童文学を含めてイタリア作家の作品に憧れている。
この本と出会い、新たにブッツァーティを追いかける楽しみが増えた。

イタリア文学が、日本でさらに多くの方に愛されますように。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年1月27日
読了日 : 2023年1月27日
本棚登録日 : 2023年1月27日

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