みみずくは黄昏に飛びたつ: 川上未映子 訊く/村上春樹 語る (新潮文庫)

  • 新潮社 (2019年11月28日発売)
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重厚なインタビュー。

川上未映子さんは村上春樹さんの小説とその熱心な読者たち(或いは村上春樹読書としての自分自身)について鋭い考察がなされている。

p40『村上春樹をめぐる読書は「内的な読者」というニュアンスが強いと思うんです。面白い何かを外に取りに行くっていう感じじゃなくて、そこに行けば大事な場所に戻ることができる』

まさに熱心な村上春樹の読者はこの感覚が強いのだろう。

だから、原初的な、最初に村上春樹を体験した感覚を大切にしているし、まるで愛着障害かのように引きずってさえもいる。

従って、新しい長編が出るたびに村上春樹らしかった、とからしくなかった、とか言って満足したり、裏切られたように哀しくなることもある。

あの時読んだ村上春樹はもうここにいないんだ、とか。

川上未映子・村上春樹両者の物語の作り方が大きく異なる事も明らかになったように感じる。

村上春樹はこの本の中でも語っているように、「洞窟の中で語るストーリーテラー」的な語り部であるという点。
この点においては一種の集合的無意識が村上春樹という語り部を通じて春樹の小説という元型として表出していると考えることもできるだろう。

従って、世界の多くの人が共感可能となる交換可能な主人公が生まれる。

それ故にバルガス・リョサやガルシア・マルケスのような南米文学、レイモンド・チャンドラーやらサリンジャーのような北米の物語性とも連なっているのだろう。

一方で川上未映子においては、集合的無意識ではなく、個人的無意識に抑圧された葛藤や、実存が物語となっていそうだ。

p.234『何かものを書く時って、鮮烈な体験がベースにあったりしませんか。(中略)それらの関係を克服する行為だったりもする訳じゃないですか。-村上 そうなの?』

従って、両者は物語を書くにあたっての根底が大きく異なっている。

このインタビューの中で村上春樹は自身について『どこまでも個人的な人間だと思っている』と語っているが、およそ表現された物語は川上未映子の方がどこまでも『個人的』と捉えることができる。

とはいえ、これはどちらが優れているとか言う優劣の次元では比較できない。それこそイデアであるかもしれない。

ではなぜ、物語を求めるのか。

物語よりも、How To本や自己啓発本、株で儲けるテクニック云々が書かれた本の方が、役に立つではないか。

小説を読む理由がわからない、と言う人は一定数存在する。むしろ増え続けているとすら感じる。

しかし、物語には役に立つ・立たないとか、ある考え方が好きか嫌いかと言う二元論の次元を超えた力が存在する。

P.462『村上ー 今のSNSもそうだけど、みんな自分の好きな意見だけ読む訳ね。自分の嫌いな意見には悪口をいっぱい書くわけじゃない。そういうものに対抗できるのはフィクションというか、物語しかないと僕は思っている。』

物語を通す事で一定の距離が置かれて事象を眺める事ができる。

同じ文章でも自己啓発本やhow-to本、ヘイト書籍やそのカウンターヘイト書籍、Twitter等々の文章は唯一の立場に依って立つ他ない。

しかし、物語ではその構造から距離を置くことができる。

ほどよい母親と言ったのはD・ウィニコットだった。曰く、子どもはほどよい距離の中で安心感と自立欲求を満たすことが出来る。

物語を通して見ることで、自身の考え、筆者の考え、社会一般通念や価値観とをそれぞれ冷静に眺める事ができるようになる。

かつてニーチェもパースペクティブの重要性を説いていたように。

およそ、2010年代から徐々にパースペクティブやほどよさが損なわれ、よりわかりやすい極端さを求めるようになっていないか。

余裕よりも集約、寛容よりも排斥、科学よりも願望。

我々はスマートデバイスを手にしてプレモダンへ退行してしまったようで。


その他
嫉妬心について、牛河のセリフ。懐かしい。よく覚えている。
P185『「それは自分自身が欲しくて欲しくてどうしようもないもの、死んでも手に入れられないかどうかわからないものを、いとも簡単に手に入れている人を見た時に湧き上がる感情ですよ」

バーで飲んでいて、隣の女性と話しが弾んだと思ったら、さらにその隣の男性に話題を持っていかれ、一人で会計を済ませる感覚だろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年3月16日
読了日 : 2020年6月2日
本棚登録日 : 2020年3月2日

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