「春は馬車に乗って」肺病を病んで死にゆく妻を看病する男の視線で、死に直面する夫婦を描く。堀辰雄の「風立ちぬ」は幾分叙情的だが、こちらはもっと叙事的である。
死に至らしめんとする妻のわがままと、それを受け入れるしかない男との言葉のやりとりが赤裸々なだけに切ない。鳥の臓物を貪る妻は次第にそれすら拒絶し、死出の道を着々と歩む。そしてそれを止め得ない男の無力さが淡々とした筆致で描かれる。妻の目は死の向こう側、すなわち自分の遺言や骨のことを気にかけ始める。彼女の希望はもはや死の後にしかない。だが男はまだ、僅かに残る妻の生命に縋っていたかった。
死を巡る葛藤の果て、友人から届いた春の花が、二人に最後の安らぎを与えてくれる。妻の死は本作では描かれない。だが、それが穏やかであったことを、最後の場面が物語る。
妻の死は、そのあとの「花園の思想」に描かれている。死の苦しみからの開放を願う妻と、別れを少しでも引き伸ばしたい男の交わす言葉が胸にせまる。
死を眼前にしてなお、怯えることなくそれを受け止める妻の潔さを創り得たのは男と過ごした濃密な日々にあったと思えてならない。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
日本文学
- 感想投稿日 : 2011年3月25日
- 読了日 : 2011年3月25日
- 本棚登録日 : 2011年3月25日
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