「春過ぎて 夏来(きた)るらし 白妙の 衣乾したり 天の香具山」
ブク友の皆さんもよくご存じの一首を載せてみた。
万葉集巻1にある持統天皇の三十一文字の歌である。
明るい光の中に、遠く白い衣が映える季節の移りをうたったもの。
これが著者の英訳だとこうなる。
Spring has passed,
and summer seems to have arrived:
garments of white cloth
hung to dry
on heavenly Kagu Hill.
ふわりとしたイメージだった歌が、俄然現実的になる。
日本語と英語はこんなにも違うというサンプルを見るようだ。
実際に香具山を見たことがなかったため「山」はmountain だった。
現地に行ってみるとさほど高くもない。それでHill になる。
「天」の性質をもった美しい丘、heavenly Kagu Hill。
時間を視覚的に描く「過ぎる」というのはきわめて重要な日本語なので「pass」「 passing」「 passed 」は頻繁に出てくる。
万葉集が翻訳しやすいと言われるのは、鮮やかな視覚的イメージが伝わりやすいからだ。
そんなリービさんの解説が、英訳の次に掲載。
万葉集に心酔し、どうにかして英語に近づけたいという様々な工夫が見て取れる。
語源を調べ、妥当な英語を列挙し、幾度も推敲し、現地まで出向く。
私たち日本人でも、ここまで万葉集を調べつくしたことがあるだろうか。
著者はブリンストン大学とスタンフォード大学で日本文学教授をつとめ、82年万葉集の英訳で全米図書賞を受賞している。
本書はその中から選りすぐりの50首の対訳とエッセイを掲載。
万葉集の解釈と英語について学べ、日本語のルーツを考え、英語の語感を愉しめる。
ゆっくりと英訳を音読すると、自分が日本人以外の存在になって万葉集を味わっているような、なんとも不思議な気持ちになるのだ。
英語の詩には見られないものが、「詞書(ことばがき)」。
歌の前にくるもので、その歌が生まれた「とき」と「ところ」と「情景」が細かく書かれている。リービさんはどの歌の「詞書」も載せている。
「人麻呂」と「家持」と「憶良」にとことん惚れこみ、前書きだけで熱いものが伝わる。
万葉集を世界文学に昇格させてくれたのは、著者の力によるところが大きい。
ところで「恋ふ」をどう訳すか。
loveでは結ばれている状態を表すから、だいぶ違う。
憧れたり、離れたところにいる相手を人知れず恋焦がれる。
どれもloveの現象だが「恋ふ」の動詞は英語の to love を意味しない。
一緒にいないことが淋しいという意味で「longing (思慕)」や「 yearming(切望)」をあてはめている。いやぁ、素敵だ。
万葉集の頃は、現代よりもはるかに繊細に心の動きを表現していたのね。
古文や英語のサブリーダーだったらどんなに授業が楽しかったろう。
リービさんの「理解しようとし続ける」姿勢に、感動さえおぼえた。
よろしかったら皆さんもぜひお読みください。
逆輸入の万葉集で、古のひとびとの心にふれる体験はとても新鮮なのだ。
- 感想投稿日 : 2021年3月14日
- 読了日 : 2021年3月14日
- 本棚登録日 : 2021年3月14日
みんなの感想をみる