英語でよむ万葉集 (岩波新書 新赤版 920)

著者 :
  • 岩波書店 (2004年11月19日発売)
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本棚登録 : 327
感想 : 28
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「春過ぎて 夏来(きた)るらし 白妙の 衣乾したり 天の香具山」

ブク友の皆さんもよくご存じの一首を載せてみた。
万葉集巻1にある持統天皇の三十一文字の歌である。
明るい光の中に、遠く白い衣が映える季節の移りをうたったもの。
これが著者の英訳だとこうなる。

Spring has passed,
and summer seems to have arrived:
garments of white cloth
   hung to dry
on heavenly Kagu Hill.

ふわりとしたイメージだった歌が、俄然現実的になる。
日本語と英語はこんなにも違うというサンプルを見るようだ。
実際に香具山を見たことがなかったため「山」はmountain だった。
現地に行ってみるとさほど高くもない。それでHill になる。
「天」の性質をもった美しい丘、heavenly Kagu Hill。
時間を視覚的に描く「過ぎる」というのはきわめて重要な日本語なので「pass」「 passing」「 passed 」は頻繁に出てくる。
万葉集が翻訳しやすいと言われるのは、鮮やかな視覚的イメージが伝わりやすいからだ。

そんなリービさんの解説が、英訳の次に掲載。
万葉集に心酔し、どうにかして英語に近づけたいという様々な工夫が見て取れる。
語源を調べ、妥当な英語を列挙し、幾度も推敲し、現地まで出向く。
私たち日本人でも、ここまで万葉集を調べつくしたことがあるだろうか。

著者はブリンストン大学とスタンフォード大学で日本文学教授をつとめ、82年万葉集の英訳で全米図書賞を受賞している。
本書はその中から選りすぐりの50首の対訳とエッセイを掲載。
万葉集の解釈と英語について学べ、日本語のルーツを考え、英語の語感を愉しめる。
ゆっくりと英訳を音読すると、自分が日本人以外の存在になって万葉集を味わっているような、なんとも不思議な気持ちになるのだ。

英語の詩には見られないものが、「詞書(ことばがき)」。
歌の前にくるもので、その歌が生まれた「とき」と「ところ」と「情景」が細かく書かれている。リービさんはどの歌の「詞書」も載せている。
「人麻呂」と「家持」と「憶良」にとことん惚れこみ、前書きだけで熱いものが伝わる。
万葉集を世界文学に昇格させてくれたのは、著者の力によるところが大きい。

ところで「恋ふ」をどう訳すか。
loveでは結ばれている状態を表すから、だいぶ違う。
憧れたり、離れたところにいる相手を人知れず恋焦がれる。
どれもloveの現象だが「恋ふ」の動詞は英語の to love を意味しない。
一緒にいないことが淋しいという意味で「longing (思慕)」や「 yearming(切望)」をあてはめている。いやぁ、素敵だ。
万葉集の頃は、現代よりもはるかに繊細に心の動きを表現していたのね。

古文や英語のサブリーダーだったらどんなに授業が楽しかったろう。
リービさんの「理解しようとし続ける」姿勢に、感動さえおぼえた。
よろしかったら皆さんもぜひお読みください。
逆輸入の万葉集で、古のひとびとの心にふれる体験はとても新鮮なのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年3月14日
読了日 : 2021年3月14日
本棚登録日 : 2021年3月14日

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コメント 6件

goya626さんのコメント
2021/03/15

リービ英雄さん、こういう仕事もしていたんですね。日本語の含蓄の深さも改めて認識できそうです。

nejidonさんのコメント
2021/03/15

goya626さん♪
「令和」のはじめには大注目の万葉集でしたよね(*^^*)
この本は高校生に大人気だそうです。
日本語の含蓄は、日本人でも上手く言い表せません。
英訳することの難しさにチャレンジしたリービさんに感謝です!

goya626さんのコメント
2021/03/15

面白そうな本ですね。図書館で探してみます。

nejidonさんのコメント
2021/03/15

goya626さん♪
うわぁ、嬉しいです!
goya626さんはどの記事をピックアップするかしら。
今から予想を立てて楽しみます(笑)

goya626さんのコメント
2021/03/16

こりゃまた、ビリー・ジョエルの歌みたいですね。プレッシャー!

nejidonさんのコメント
2021/03/16

goya626さん♪
あはは!そのくらいの楽しみは与えてやってくださいな(*^^*)
いや、それ以前に楽しんで読んで下さるともっと嬉しいです!

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