「読むことを覚えた時、あなたは生まれ変わる
・・そしてもう二度と、それほど孤独には感じない。」
一見シュールなタイトルと表紙だが、中身は非常に刺激的だ。
本好きにとって、これほど興味深い本もそう無いだろう。
文字という発明の歴史から始まり、文字を読むということがどれほど高度な行為なのかを解説。
更に子どもの文字の読み方・覚え方、ディスレクシア(読字障害)について。
(障害という言葉を出来れば使用したくないが、理解の手助けになるので載せておく)
読み方を学習出来ない要因と、ディスレクシアの早期発見と教育法まで考察している。
多岐にわたる内容だが、メインは読書をするとき脳のどの部分を使いどう発達していくかという科学的な話。
著者の専門は認知神経科学、発達心理学、ディスレクシア研究。
遺伝子レベルのスキルである口頭言語に比べ、読字は脳の仕組みを使用した後天的なスキルだという。
それも人類が訓練によって築いてきたものだ。
脳は文字を読むためだけにあるわけではないが、読書によって様々な領域が活性化し接続し、習熟するにつれて接続も強化されていく。
読書によって人格が変わることはあり得る。
読むことは、私たちの人生を変えるのだ。
本書の中には多くの引用文が登場するが、最初に載せたのはそのひとつ。
私の好きなストーリーテラー、ルーマー・ゴッデンのものだ。
プルーストの「読書について」の一節は最初に登場する。
読む際にいかに多くの脳のシステムを使用したか解説がなされ、自身の脳の驚くべき能力を再確認する。イカの出番はごくわずか。この本はタイトルで損をしているかも。
興味深いのは前半部分だが、読字障害の症状を探る後半部分にも惹きつけられる。
今でこそ市民権を得た学習障害という言葉も、子どもの頃は知りもしなかった。
120年以上整理されずにいたというディスレクシアの問題を、果敢にも検証しようという著者には尊敬すら覚える。
ダ・ヴィンチもアインシュタインもピカソも、他にも歴史に名を刻む多くのひとがその障害を抱えていたのだ。落ちこぼれと言われ、社会から脱落したひとも多く存在したことと思う。
米国では人口の15%が何らかのディスレクシアを抱えているらしい。
特徴は、何をするにも処理能力が遅く、モノの名前の脳内検索が苦手なことだという。
文字を読むように脳が配線されていないというだけで、他の優れた能力を持っている場合が少なからずあるらしい。
同じ障害を抱えた著者の息子さんの描いたピサの斜塔の精密な絵がある。その空間把握能力の素晴らしいこと。なんと逆さまに描いてあるのだ。
もし身近な誰かがこれという理由もなく読み方をうまく学べないようなら、読字のスペシャリストと臨床医に相談してほしいと、著者は述べている。
ディスレクシアの症例も様々でオールマイティな指導法はないらしいが、私もまた彼らが困難を乗り越える手助けをしたいし、その方法を模索していきたい。
ソクラテスは書き言葉の普及を非難したらしい。
書き言葉では伝えるべき大切な何かが零れ落ちるという懸念があった。
しかし読字によって脳がこれまでよりも深く思考するようになるという、まるで神様からの贈り物のような功績もある。プルーストはそれを知っていた。
そして私たちはより一層本を読んで思考し、脳を鍛えていくのだ。
事例も豊富で、最初から最後まで非常に興味深く読める良書。お薦めです。
- 感想投稿日 : 2020年8月31日
- 読了日 : 2020年8月31日
- 本棚登録日 : 2020年8月31日
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