プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

  • インターシフト (2008年10月2日発売)
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感想 : 116
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「読むことを覚えた時、あなたは生まれ変わる
 ・・そしてもう二度と、それほど孤独には感じない。」
        
一見シュールなタイトルと表紙だが、中身は非常に刺激的だ。
本好きにとって、これほど興味深い本もそう無いだろう。
文字という発明の歴史から始まり、文字を読むということがどれほど高度な行為なのかを解説。
更に子どもの文字の読み方・覚え方、ディスレクシア(読字障害)について。
(障害という言葉を出来れば使用したくないが、理解の手助けになるので載せておく)
読み方を学習出来ない要因と、ディスレクシアの早期発見と教育法まで考察している。
多岐にわたる内容だが、メインは読書をするとき脳のどの部分を使いどう発達していくかという科学的な話。

著者の専門は認知神経科学、発達心理学、ディスレクシア研究。
遺伝子レベルのスキルである口頭言語に比べ、読字は脳の仕組みを使用した後天的なスキルだという。
それも人類が訓練によって築いてきたものだ。
脳は文字を読むためだけにあるわけではないが、読書によって様々な領域が活性化し接続し、習熟するにつれて接続も強化されていく。
読書によって人格が変わることはあり得る。
読むことは、私たちの人生を変えるのだ。
本書の中には多くの引用文が登場するが、最初に載せたのはそのひとつ。
私の好きなストーリーテラー、ルーマー・ゴッデンのものだ。

プルーストの「読書について」の一節は最初に登場する。
読む際にいかに多くの脳のシステムを使用したか解説がなされ、自身の脳の驚くべき能力を再確認する。イカの出番はごくわずか。この本はタイトルで損をしているかも。

興味深いのは前半部分だが、読字障害の症状を探る後半部分にも惹きつけられる。
今でこそ市民権を得た学習障害という言葉も、子どもの頃は知りもしなかった。
120年以上整理されずにいたというディスレクシアの問題を、果敢にも検証しようという著者には尊敬すら覚える。
ダ・ヴィンチもアインシュタインもピカソも、他にも歴史に名を刻む多くのひとがその障害を抱えていたのだ。落ちこぼれと言われ、社会から脱落したひとも多く存在したことと思う。
米国では人口の15%が何らかのディスレクシアを抱えているらしい。

特徴は、何をするにも処理能力が遅く、モノの名前の脳内検索が苦手なことだという。
文字を読むように脳が配線されていないというだけで、他の優れた能力を持っている場合が少なからずあるらしい。
同じ障害を抱えた著者の息子さんの描いたピサの斜塔の精密な絵がある。その空間把握能力の素晴らしいこと。なんと逆さまに描いてあるのだ。
もし身近な誰かがこれという理由もなく読み方をうまく学べないようなら、読字のスペシャリストと臨床医に相談してほしいと、著者は述べている。
ディスレクシアの症例も様々でオールマイティな指導法はないらしいが、私もまた彼らが困難を乗り越える手助けをしたいし、その方法を模索していきたい。

ソクラテスは書き言葉の普及を非難したらしい。
書き言葉では伝えるべき大切な何かが零れ落ちるという懸念があった。
しかし読字によって脳がこれまでよりも深く思考するようになるという、まるで神様からの贈り物のような功績もある。プルーストはそれを知っていた。
そして私たちはより一層本を読んで思考し、脳を鍛えていくのだ。
事例も豊富で、最初から最後まで非常に興味深く読める良書。お薦めです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本にまつわる本
感想投稿日 : 2020年8月31日
読了日 : 2020年8月31日
本棚登録日 : 2020年8月31日

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コメント 12件

goya626さんのコメント
2020/08/31

レオナルド・ダ・ヴィンチが読字障害!?うーん、あの鏡文字と関係があったり?いや、違うだろうな。イカはどうなったカイ?

夜型さんのコメント
2020/09/01

来ましたね。
どうでしたか、『読書はパワー』と読み合わせてみるとどんな感想を持ちましたか?

nejidonさんのコメント
2020/09/01

goya626さん、こんにちは(^^♪
ダ・ヴィンチの名前はちょっと驚きますよね。
でもそれどころではないのですよ。
まさかと思う人の名前がどんどん登場します。
有名なハリウッド俳優さんまで。
日本では研究が進んでいないのでデータも殆どないそうですが。。。
イカはどこへ行ったカイ・笑
本書では読字の全く異なるふたつの側面を説明するため、プルーストとイカを取り上げています。
プルーストは分かりますが、イカとは?
でも1950年代の科学者たちはイカの長い中枢軸系を研究対象として、ニューロンがどのように(興奮して)情報を伝え合うのか解明しようとしたらしいですよ。
まぁ私はここを読んで「プルーストにはなれないけどイカなら」と秘かに思ったわけです。
専門用語もなく読みやすいので、goya626さんにもおすすめデス(*^-^*)

nejidonさんのコメント
2020/09/01

夜型さん、こんにちは(^^♪
おかげでとても良い読書が出来ました!
専門用用語もほぼ登場せず、むしろ文学的でさえありました。
また、探求精神旺盛な著者の姿勢に感動しています。
「読書はパワー」も良い本でしたね。
子どもの読みたい本を読ませる自由読書の勧めを、本書の5章に表れる子どもの読みの発達史を読みながら思い出していました。
豊かな知られざる世界の扉を、どんなタイプの子にも開けるようにしたい、そう思いますね。
既に読みなれた子は。にじり寄って一緒に文字を追います。
でもそうでない子は絵を一心に見つめて、同時に耳からの情報を取り入れようとしています。
寝ながら聞く子もいますし立ち上がっている子もいます。注意したことは一度もありません。
何かしらその子の中でお話の世界と繋がる点を見つけられれば良いのです。
「読書の歴史」も「シャーロットのおくりもの」も本書の中で登場して、楽しみながら読みました。ありがとうございます。

夜型さんのコメント
2020/09/01

それはよかった!
石井桃子さんの活動に影響され、実際に活動されてるあなたならこれらの本から読み取れるものが沢山あると思ってました。
読み手の意識によって本の価値は歴然と違いますからね。
実はこの本、今井むつみさんが引用していて知りました。
本にまつわる本ではありませんが、今井さんの本は色々と発見をくれると思います。
言葉をおぼえるしくみ: 母語から外国語まで
レキシコンの構築
この二冊はいかがでしょうか。
ちくまプリマー新書から出してる本もわかりやすくてよい本ですよ。

nejidonさんのコメント
2020/09/01

夜型さん、続きです。
障害児教育に携わっている友人は、学習障害も知的障害も自閉もみなその子の「個性」と表現します。
この著者も同じく、読字障害児の教育に当たっているそうですね。
もっと指導者教育をとよく叫ばれますが、もうとっくにやっているのです。
長いこと、様々な教育機関で開催されています。
問題は、それを受け取る教師の側です。
信じられないでしょうが、障害児教育にあたっていることを家族には内緒にしているというひともいます。
子どもは指導できる可能性はあっても大人は出来ません。
そこに限界を感じています。
偏った話になりました。すみません。
それでも信念を貫いている者もいると、お話しておきますね。
本書を彼ら・彼女たちに勧めてみようと思います。
石井むつみさんと、お薦めの2冊、ありがとうございました。

夜型さんのコメント
2020/09/01

そうでしたか。
精神科医で自閉症について研究し啓発していた精神科医のローナウィングの『あなたがあなたであるために』という本を読んでアスペルガーの面白さ豊かさを理解しました。
ウィングの娘も発達障害児だったそうです。
当事者で啓発活動をしてるテンプル博士も頑張ってます。
才能云々は、個人の栄達のためでもなく、ソーシャルグッドと個々人のQOLの精神で見つめているところがグッときました。
だって、ばらばらな人々に優劣も上下もありませんから。
試験と収入と知名度でひとの多寡が決まるようにした社会構造に問題があるのだと思ってます。

テンプル博士のスピーチはこちらです。
https://www.ted.com/talks/temple_grandin_the_world_needs_all_kinds_of_minds/transcript?language=ja

僕自身は、おそらくハイパーレクシアです。
読むのにずっと苦労してきました。過剰記憶と映像記憶(ビジュアル思考)が厄介で本を読むのに苦労しました。
まだ格闘の日々ですが、本を読むことも学びも諦めず腐らず、この持って生まれた個性と付き合っていきたいです。

goya626さんのコメント
2020/09/01

ハリウッドの俳優て、トム・クルーズとか?
人間の個性、生まれの幸不幸(言い方が悪いかも)には、難しいものがありますね。私にもいくばくかすればお迎えが来ますが、あの世には究極の平等性があるのかも。

nejidonさんのコメント
2020/09/01

goya626さん、ビンゴです!!素晴らしい。
職業柄トム君は苦労したと思いますよ。
セリフなんてどう覚えたんでしょうね。
五体満足で家もまぁ恵まれていて、知能も人並みなのに「生きずらい」というひとの何と多いことか。
当人がどう感じるかの問題なので比較するものではありませんけどね。
goya626さん、お迎えなんてまだまだですよー。
もっといっぱいレビューを挙げてからにしてくださいね・笑

nejidonさんのコメント
2020/09/02

夜型さん、こんにちは(^^♪
コメントを削除したことをまずお詫びします。
身内のことは書くべきではありませんでした。
一番上の兄は私より一回り以上年長ですが、それなりに知名度もあります。
そして対人スキルでどれほど苦労してきたかも、見て知っています。
ここは矢張り言わない方が良いだろうと判断しました。
すみませんでした。

テンプル博士のスピーチは魅力的ですね。
夜型さんと相通じるものを感じます。
言葉の背景を想像しては、胸にこたえるものがありました。
過剰記憶と映像記憶が阻害するのですね。
特性のひとつとして生かせる道があればよいのですが、今の私には
アイディアがありません。無力です。
ひとはみな、何かしらの障害を抱えているものです。
意識するとしないとを別にして。
夜型さんにならって、私もまた諦めずに学んでまいります。
また色々とお話できますように。

夜型さんのコメント
2020/09/02

nejidonさん、
大丈夫ですよ。ここは公の場ですからね。プライベートなやり取りとの境目が難しいですね。
僕もあまり書かなくていいことを書いている気がするので、追々消してしまうかもしれません。

こだわりが強く、拘泥しやすい性格と過去の記憶が絡み合って作用しているようですね。
だから、仏の心を目指すのは必然だったかと思います。

病跡学のおかげで先人の智慧を借りられます。
テンプル博士と思考様式が似ていますし、多くの先達がいるようです。
ことばとイメージとは、そんなに難しく考えることでしょうか。
堅苦しく考えなくてもよいと思っていますよ。
うまく使えば、おもしろいことを考えられるので。

nejidonさんのコメント
2020/09/02

夜型さん、良かった・・!ご理解いただけて感謝です。
コメントを削除したい時が来たら、いつでもどうぞ。シード権の力は絶大です。
ハンドクが教わったたったひとつの教えを載せてみます。
「口を守り意をおさめ、身に非を犯さず、かくのごとく行ずるもの、必ず悟りを得ん」というものです。
覚えの悪いハンドクを哀れに思ったお釈迦様が、何度も噛んで含めるように教えられたそうで。
その慈悲に感動して一生懸命になり、暗誦できるまでになる。国中の笑い者だったハンドクは、それから阿羅漢の悟りを開いていきます。
学は必ずしも多きを要しない。これを行うことこそ最上なのだと、この話は私に教えてくれます。
夜型さん、面白いことを考え付いたらまたお話してくださいね。
今日のレビューは本のリストの本です。とても楽しく読めました。

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