可愛い女(ひと)・犬を連れた奥さん 他一編 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2004年9月16日発売)
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感想 : 56
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沈潜期から立ち直りつつあるチェーホフによって綴られた3編の短編集。

「イオーヌィチ」は、かなり絶望的な印象を受ける。陽気で酒落の効いた主人、知的な妻、美しく才溢れる娘、三枚目でひょうきんな使用人。まさに理想的で自身に満ち溢れたこの家族は、さらなる成功が待ち受けてるわけではなく、没落するわけでもない。時代を読めず、10年以上も変化の無い生活を送ってしまうのだ。「変わらない」ことの恐ろしさを見事に描いた作品。娘への愛の告白(失敗)を経て、金の亡者となり果てた男との対比が、なお無常感を醸し出す。

「犬を連れた奥さん」は、プレイボーイの主人公と、悶々とする「火遊び」への誘惑に駆られ、仮病を使って夫の元を離れて来た美貌の人妻との逢瀬を描いた作品。
自ら志願し情事を求めて来たのにも関わらず、罪悪感から二の足を踏んでしまう「奥さん」の純な側面がいじらしく、魅力的だ。19世紀後期の作品ではあるが、チェーホフの女性観は、現代のそれと大いに共通するようだ。

「可愛い女」は、一見牧歌的で昔話調なストーリー構成ではあるが、「自己の確立とは何か」を考えさせ、当時のロシア社会における女性の立場へのメッセージ性も含まれるという、シリアスな作品になっている。

名人、神西清による美しい翻訳文が、ロシア文学の重厚でしっとりした情感を醸し出している。が、逆にやはり少し難解で感情移入しにくいこともしばしば。
とはいえ、難解なものが多いとされるロシア文学。短編かつ平易な文体で書かれた本書は、その入門として最適ではなかろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 古典文学
感想投稿日 : 2010年11月4日
読了日 : 2010年11月4日
本棚登録日 : 2010年11月4日

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