倫理21 (平凡社ライブラリー)

著者 :
  • 平凡社 (2003年6月9日発売)
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感想 : 17
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カントの倫理思想の解釈を通して、現代における世界市民の立場を確保することや、戦争責任の問題などを考察している。『トランスクリティーク』(批評空間・岩波現代文庫)への導入という位置づけの本。

意志の自律としての倫理が成立する領域を、因果法則の支配する自然の領域から峻別するという本書の議論は、カント倫理学の根本モティーフを確かに捉えていると思う。また、個人の利害や共同体の規範に盲目的に従うのではなく、世界市民的な立場から考えることが「パブリック」ということだという主張に至る議論の流れも、それなりにおもしろく読んだ。

ただ、疑問に思うのは、なぜ著者が今になってこうした主張をするのか、ということだ。

「ゲーデル問題」などに関する論考で著者が考察していた問題は、形式化された体系の内部に自足的にとどまっていることは不可能であり、外部からの侵犯という事実が不可避的に入り込んでしまうということだった。むろん今日では、著者の「ゲーデル問題」という表現が、せいぜいのところ比喩としてしか通用しないものだったことが判明しているが、個人的には、そのことを理由に著者の一連の理論的仕事を一顧の価値もないと切り捨ててしまうべきではないと思う。たとえば、それらの議論から、意志の自律に基づいて超越論的領域を確保する「自己言及的」な体系は純粋さを保ちえず、そこには不可避的に事実のレヴェルからの混淆が生じてしまうという洞察を引き出すことは可能だし、そうした問題は現在でも考察に値する重要性を持っているのではないか。

ところが本書で著者は、かつて自身も格闘したはずのそうした問題をすっ飛ばして、カント倫理学における規範性の領域が当然に成り立つかのように論じている。現代思想における上述のような争点を知悉しているはずの著者が、本書のような素朴な仕方で超越論的な規範性の領域が可能だと考えるに至った理由が、どうにもよく理解できないでいる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ライブラリー版
感想投稿日 : 2011年9月30日
読了日 : -
本棚登録日 : 2011年9月30日

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