影の縫製機

  • 長崎出版 (2006年12月11日発売)
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『インゲボルグにささげる』

と、始まる詩集はミヒャエル・エンデ53歳、妻インゲボルグ・ホフマン61歳の時に出版されたもの。巻頭の詩「本当の林檎」はシュルレアリスムの詩人ジャック・プレヴェールへのオマージュとされているが、両親の離婚で悲喜交々の思いがあったであろうエンデの父親もまたシュルレアリスムの画家であることと緩やかに響き合う。児童文学者と限定されることを嫌ったというエンデの社会派的視線が詰まったようにも読める一冊。そしてその視線は確かなものであったことが時間の経過という試験を受けて証明される。

例えば『いかれたチェス』と題された詩の中の一節。

『ところがそれでもあきたらず
 こんどは色までかえてみた
 白のコマは 黒くぬり
 黒のコマは 白くぬる
 気づいてみれば もとのもくあみ

 なんたる混乱のきわみ!
 黒白 白黒 区別がつかず
 白と黒 くんずほぐれつの大合戦!
 まてよ まて 黒い白は白なのか黒なのか』

ここに今日の汎世界的な混乱を俯瞰した視点を見出さないでいることは難しい。

エンデの言葉をモノクロの世界に表出して見せてくれるビネッテ・シュレーダーもまた児童書向けの柔らかな筆遣いとは異なり白黒のダリのような雰囲気を醸し出す。時に詩に付された挿絵は言葉の持つ可動域を矮小化しがちだけれど、この本に関しては上手く共鳴している。そして組版のデザインも秀逸。こんな傑作が世に出る後押しをした出版社が破産・消滅してしまったのは何とも残念。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年1月22日
読了日 : -
本棚登録日 : 2021年1月22日

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