羊の歌―わが回想 (岩波新書 青版 689)

著者 :
  • 岩波書店 (1968年8月20日発売)
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感想 : 39
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作者の幼少期〜医学部卒業後すぐくらいまでを描いている。どこまでが事実でそうでないものがどれくらいあるのかは(まだ調べていないので)わからないが・・
開戦の日、他に誰もいない文楽の劇場に一人赴く筆者や、開戦後も仏文研究室で教授、友人たちと文学について論じ合う箇所は、一見すると無責任な高等遊民たちのようにも思えるが、筆者やその仲間たちは、何かと比較した結果あえて他のものを無視しあるいは軽視し、芸術至上主義的に振舞っていたのではない。戦時中であれ平時であれ、彼らは好きなものに忠実に、ただ淡々と没頭しているように感じた。こうした態度こそが、作者の文学ないし芸術への純粋な愛を示しているのではないか。
しかし、文学に没頭できるというのは、そうでなくとも優秀な東京大学の教授、学生と対等に議論し、文学を楽しめるということは、並みの人間にはできない。なんでもないように書いているが、相当の実力を伴わないと仲間に入れてもらうことはできない。それは、私自身が体験したことだから。私自身の劣等感と今でも強く結びついていることだから、わかる。ただ、当時の大学生はそもそも今と違い、作家横光利一に議論をふっかけたり、今日でも著名な教授たちに自分たちの意見を伝えることも難なくできたのかもしれない。少なくとも自分には、そんなことはできなかった。
幼少期の記述も、いかにも良家の子息という感じの所感で、田舎育ちの私には、決して作者がいうように「平均的な」人間を描いているとは言えないのではないかと感じた。一方で、自分自身が「世間知らず」であることに作者は最初から自覚的であり、あくまで冷静に、できるだけ中立的な視点で筆を進めようとしていることはわかったし、戦死した旧友を思う気持ちや、自分に全く関係のないはずのベトナム戦争の話を知りたがる(知っていたい)という態度も、冷徹そうに思える作者の、人としての真摯さ、人間らしさの伝わる箇所ではないかと思った。
福永武彦、渡辺一夫先生、小林秀雄など、人物との交流が同時代人として具体的なエピソードで語られているのがたいへん興味深かった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2019年1月28日
読了日 : 2019年1月28日
本棚登録日 : 2019年1月28日

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