安部公房の初期短編集。
通読してみたところ、総じて”神話”(旧約聖書も含めて)の世界が通奏低音として流れている。
主人公のコモン君が植物に変身する「デンドロカカリヤ」。これはアポロンから逃れようとして月桂樹に変身したダフネのエピソードに似ている。
(ドナルド・キーンも解説で書いてるけど、変身というとすぐにカフカに結びつける批評家が当時からいたようだ)。
「ノアの方舟」にはエホバとサタンが、「プルートーのわな」にはオルフォイスとオイリディケというねずみも登場。
こういった古い物語や神話を、例の持ち前の詭弁と皮肉と散文的な見方によってドライに換骨奪胎した短編が多い。どの話もブラックでつい乾いた笑いをもらしてしまう。とくに「水中都市」と「空中楼閣」がぶっ飛んでいて好みだった。
この頃から、赤の他人に追われるとか(「デンドロカカリヤ」)、赤の他人がいきなり押しかけてくる(「闖入者」)、わけもなく死刑宣告される(「イソップの裁判」)といった設定がしばしば使われている。
こう書くとますますカフカっぽく思えてくるけど、あのカフカ独特の不穏に論理がねじくれた感じはなく、あくまで論理的、あるいはその逆をいくという形で物語は理知的に展開。
(登場人物たちの多くが頭が良くて、ちゃんと会話が成り立つし、いちいち一応相手の話を聞くところが可笑しかった)
もう一つの特徴は、時代のせいもあるのか権力や政治のにおいが漂っていること。”独裁者”のモチーフも散見される。たしか安部公房はガルシア=マルケスの『百年の孤独』が大好きだったはずだけど、本書を読むと好きにならないはずがないと思えた。
その他、気づいたこと。
”詩人”という言葉がよく登場する。このモチーフ、もう少し突き詰めて考えたら面白そう。
それから、「ナイフ」と「銃(鉄砲)」が道具としてよく出てくるな。「鉄砲屋」という短編も収録されている。
最後に、気になる物理用語が2か所(他にもあったかも)。
ひとつは「詩人の生涯」に出てくる”ミンコフスキー空間”。
この語のすぐ近くの行に、たたみかけるように活字が斜め45度に改行されながらくだってくる箇所があるのだけど、これは特殊相対性理論の”光円錐”を暗示しているのだろうか。
もうひとつは「水中都市」に出てきた”プランク常数(定数)h”。h野郎、という罵倒が笑えた。
ε= hv(ε:光子のエネルギー v:振動数)
の比例定数h。たしか220Hz(音の高さではラ!?)という振動数も書かれていたけどこれには何か意味があるのかな。詳しい人がいたら教えてほしい。
- 感想投稿日 : 2022年5月15日
- 読了日 : 2022年5月15日
- 本棚登録日 : 2022年5月15日
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