ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2002年7月1日発売)
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ハンニバル戦争と称される第二次ポエニ戦役の中盤が取り上げられており、この巻を通じていくつもの会戦が詳細に解説されている。

中でもカンネの戦いはそのクライマックスであり、騎兵を駆使したハンニバルの戦術によって、ハンニバル前とハンニバル後で戦闘のあり方が根本的に変化したということがよく分かる。

当初、ハンニバルの前に敗戦を重ね、北から南までハンニバルにイタリア縦断を許したローマだが、若干30歳のスキピオに執政官に相当する指揮権を与えることで、形勢を盛り返していく。

ハンニバルも天才であるが、カンネの会戦でしかその戦いを目の当たりにしていないにもかかわらず騎兵を戦術の中心に据える戦い方を会得し、状況に応じて使いこなしたスキピオもまた天才であると思う。

これら二人の天才の戦い方を追っていくだけでも十分に読みごたえがあったが、それ以外にもいくつか興味深かった点があった。

一つは。ハンニバルとスキピオの人柄が、丁寧に描かれていたということである。

ハンニバルは「孤高の天才」と呼ばれるに近い印象を持った。驕り高ぶるわけではなく、上意下達で一方的に指令をするというスタイルでもないが、その人柄はあくまでストイックで、部下への要求も厳しい。人一倍動き、戦果を上げ続けることで、まわりが彼についてくる。

一方のスキピオは、天才的な才能を持ち、戦術にたけた人間ではあったが、それ以上に、明朗で人懐っこい人物として描かれている。名門の出で、見るからに人を引き付ける素養を持っているとともに、部下とも敵軍の将とも打ち解けることができる人柄を持っている。

この性格の差が、イタリア半島で過ごした20年近くを本国カルタゴからの支援を数回しか受けずに戦ったハンニバルと、年齢制限に達していなくても市民集会の力で司令官となり、スペインでもシチリアでも外交戦術により多くの国を味方につけながら戦ったスキピオの間の違いにつながっているように思われる。

カルタゴとローマという国の性格の違いが凝縮されたような対比である。

もう一点興味深かったのが、ハンニバルに攻め込まれ敗北を続けたローマがスキピオという強力な武器を繰り出すと同時に、ファビウス・マクシムスという持久戦論者を元老院のプリンチエプスに立てつづけたという事実である。

これほどの広範囲にわたってこれほどの長期間戦い続けられた戦役は、現代にいたるまでほぼ類を見ないと言えるだろう。このような戦役を戦い抜いた背景に、一つひとつの会戦での勝敗や、最も差し迫った脅威以外も含めた俯瞰的な視野を持った戦略を立てられる人物の存在があったのではないか。

ファビウスについては、戦場の二人の天才と比べてそれほど詳細に書かれているわけではないが、ポエニ戦役の記述の全体を通じて、要所要所で必ずと言っていいほど取り上げられているということからも、筆者がこのファビウスと、そのような人物を国家の意思決定の中心に置き続けたローマという国の政体を重要な要素と捉えていたのではないかと思う。

戦争で戦った敵国を滅亡させるのではなく属州や同盟国として残し続けたといったことも含めて、ローマがこの時期に地中海の覇者になっていった最大の要因が、天才の存在ではなく、ローマという国のあり方にあったということが改めて感じられた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2018年12月18日
読了日 : 2018年12月13日
本棚登録日 : 2018年12月5日

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