本書では、世界のさまざまな民族がそれぞれに異なる歴史の経路をたどったのはなぜなのか、つまり国や民族間において現在のような一種の不均衡が生じてしまったのはなぜなのかを考察している。
結論から言うと、その原因は人びとの置かれた地理的条件を含めた「環境の差異」によるものであり、人びとの「生物的な差異」によるものではない、というものだ。
たまたま「恵まれた場所」にいた人びとが、食料生産や文化、病原菌に対する免疫を早期に味方につけることができ、そのスタートダッシュの違いが、のちの大きな差につながっているだけだという。
著者は、麦類など栽培に適していた植物と、牛や豚など飼育に適していた大型動物が、ユーラシア大陸にたまたま多く存在していたことを調査結果から明らかにしている。そしてユーラシア大陸が巨大であっただけでなく、東西に広く同緯度帯で同じ気候帯であり、栽培植物や飼育動物が伝播しやすかったことが、他の大陸に比べて大きなアドバンテージになったと推察している。
結果として、狩猟をしなくても食料生産が可能となって定住人口が増え、文字を扱ったり知的作業を行う余剰人員を抱えることができたことが、メソポタミアやエジプトなどで文明が栄える源になったという。
さらに、食料生産社会が続いて、人びとと飼育動物が長いあいだ密集して暮らすことにより、のちに征服者となるヨーロッパ人たちが病原菌(特に動物から感染する病原菌)に対する集団免疫を身につけてきたことが、他の大陸の民族を疫病で滅亡に追いやることができた原因であると上巻では語られている。
読む前は妙な組み合わせのタイトルから、結論ありきではないかと思ったが、著者の膨大かつ広範囲な生物学、歴史、民俗学などの知識を駆使して展開される説は、教科書の知識のはざまを埋めるものとして非常に説得力の高いものだった。
欧米だけでなく、著者がフィールドワークで訪れた東アジアおよび太平洋域についてかなりのボリュームを割いているのが特徴で、ニューギニア人の素朴な問いかけから人類史を俯瞰的に遡る壮大な考察は、知的好奇心をおおいに刺激してくれた。
”本書のタイトルの『銃・病原菌・鉄』は、ヨーロッパ人が他の大陸を征服できた直接の原因を凝縮して表現したものである。”(P.120)
なかでも1532年11月16日に少数の部隊を率いたスペインの征服者ピサロがインカ帝国の皇帝アタワルパを捕らえることができたのは、インカ帝国の内戦をもたらした天然痘の流行と、銃と鉄製の武器で武装したおかげであったという。ではなぜ、ヨーロッパ人とそれ以外の人びとにそのような違いが生まれたのかを、著者は上下巻を通じて考察している。
- 感想投稿日 : 2022年5月9日
- 読了日 : 2022年5月6日
- 本棚登録日 : 2022年5月9日
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