マネー・ボール〔完全版〕 (ハヤカワ文庫 NF 387)

  • 早川書房 (2013年4月10日発売)
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【感想】
野球は実際の試合を観戦せずとも楽しむことができる。各選手を表す指標が一つ一つ細かく決められているため、その数字を検索するだけで満足してしまうほどだ。OPS、IsoD、IsoP、K/BB、WHIPなど、何が何を表しているのか見当もつかない略語が続々とならび、選手をさまざまな角度からデータ分析する。
こうした指標、つまりセイバーメトリクスを選手獲得の基礎情報として導入し、球団の運営方針を「データ主義」に転換した初の球団が、ビリー・ビーン率いるオークランド・アスレチックスであった。

もともと、球団はスカウトやGM、監督の直感によって運営されていた。
しかしながら、野球ほどデータを取れるスポーツは他にない。野球はプレーが断続的であるため、投手がどの球種をどのコースに投げ、打者がどう打ち、どこにボールが落ちたのかを事細かに記録できる。打率、長打率、出塁率、コンタクト率といった各種データを引っ張ってくることで、2人の選手を詳細に比較することもできる。しかも「プレーを見る必要もなく」客観的に測定できてしまうのだ。
ということは、この指標を上手く使えば、「どの行動が勝ちにつながるか」「どんな特徴を持った選手を集めれば勝てるチームを作れるか」をあぶり出すことができる。何故球団関係者は今までの古臭い評価方法を捨て去り、宝の山を活用しないのか、と思うかもしれない。(実際ビリーはそう思っていた)しかし、野球と野球人はそう簡単にはなびかない。このスポーツには「運」がついて回るからだ。

野球はデータのスポーツだが、それと同時に、とてつもなく運が絡むスポーツだ。守備位置からして、会心の当たりが野手の真正面に飛ぶように設計されている。芯を捕らえたライナーがアウトになることもあれば、タイミングを外されたボテボテの当たりが内野安打になることもしょっちゅうだ。本書ではホームラン以外のフェア打球がヒットになるかどうかは、投手の責任ではなく運だと論じているが、まさにその通りであり、その運の良さを表す指標は「BABIP」として数値化されている。(初めてこの指標を知った時は、「運なんて測定できるのかよ!」と度肝を抜かれた)
本書でも語られるとおり、打撃指標として重視されるのは出塁率と長打率であるが、これはフォアボールとホームランが野球で数少ない「運」を排除した進塁だからだ。運が密接に絡むスポーツにおいて、運の要素をできるだけ少なくし、確率の高い行動を積み上げることで勝ちを狙っていく。これがセイバー野球の戦い方である。

セイバーという新しい概念を取り入れたビリー・ビーンに対し、古参の野球人は多くの批判を寄せた。四球を選ぶよりも安打を打つ方が偉い、盗塁や送りバントによって積極的に選手をスコアリングポジションに進めるべきだ、打球を待つのではなく初球から積極的に振っていくべきだ、などなど、いきなり現れたよそ者に「お前に野球の何が分かる」と罵声を浴びせていく。そのたびビリーはデータという動かぬ証拠のもと、試合結果という形で反論していく。

ただ、悲しいことに、こうした批判をする人たちの気持ちも何となく分からないではない。
彼らは従来の野球の正しさを信じているのと同時に、「野球の美しさ」を守ろうとしている。熱いエネルギーと気迫に満ちたプレーこそが野球の神髄なのであり、統計学のように選手を確率の道具だと見なしていては、奥に潜む神聖な何かを見失ってしまうのではないか。野球をスポーツだけではなくエンターテイメントとして運営してきた人々は心からそう思っているわけだが、ビリーはそれについては「何言ってやがる、面白い野球とは勝つ野球なんだ、勝てない球団にファンなんてつくわけがねえ」と一蹴し、とにかく安く勝てる野球を追求していく。
そのため球団に貢献してきた優秀かつ高年俸な選手を積極的に売りに出し、安い外様をチームの中心に据えるのだが、もちろん、ファンからしてみれば納得はいかないだろう。ファンと球団は一種の家族関係で成り立っている。そうした無常なトレードをひっきりなしに行っていては、勝てる勝てないにかかわらず「面白くない」という心理がつきまとうのも、当然の結果なのではないだろうか。

本書はデータ野球を一から作り上げたビリーのお話であるとともに、従来の「野球論」と「新野球論」が攻防を繰り広げるお話でもある。もちろん、どちらを味わっても面白い。野球に詳しくない人も、「野球ってこんなに数字まみれのスポーツなのか」と見識を改めることができる良い本だと思う。是非手に取って、データ野球の面白さを味わってみてほしい。

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【まとめ】
1 選手をめぐるルール
メジャーリーグでは、ドラフト指名で獲得した新人選手を、その球団がマイナーで7年間、メジャーで6年間確保し続けることができる。しかもメジャーに入って最初の3年間は賃金調停ができないため、活躍した選手であろうとも相当安い値段で契約ができる。
また、FAにより主力選手を失ったチームには、ドラフト会議で優遇措置が取られ、FA移籍先のチームの1位指名権を奪い取ることができる。この結果、2002年のアスレチックスには7人を一位指名できる権利があった。


2 いい選手とは?
アスレチックスのゼネラルマネージャーであるビリー・ビーンが重視するのは出塁率だ。一方で、パワーがあるけど当たらない、今は芽が出ていないが改造すればいい選手になる、といった要素は嫌う。高校生よりも大学生(即戦力)を好むのもビリーの特徴だ。

足の速さ、守備のうまさ、身体能力の高さは、とかく過大評価されがちだ。しかし、野球選手としてだいじな要素のなかには、非常に注目すべきものとそうでないものがある。ストライクゾーンをコントロールできる能力こそが、じつは、将来成功する可能性と最もつながりが深い。そして、ストライクゾーンをあやつる術を身につけているかどうかの指標が四球の数なのだ。大学時代に選球眼がいい選手は、たいていプロに入っても選球眼がいい。また、打撃能力を評価する際は、打率よりも出塁率や1打席あたりの投球数が重要になってくる。

伝統を守りたがるスカウトたちは、ビリーやポールの流儀を実績重視型、と呼ぶ。スカウトの仲間内では軽蔑的なニュアンスの言葉だ。新人選手はあくまで心の眼で見て評価すべき、というのが旧来の野球人の常識だ。なのにビリーらは、野球選手のだいじな部分はほぼすべて、場合によっては性格までも、データのなかに見いだせると断言する。

アルダーソンがアスレチックスに浸透させた打撃の鉄則は次の3つだ。
①打者は全て、一番バッターの気構えで打席に入り、出塁を最大の目標とせよ。
②打者はすべて、ホームランを放つパワーを養え。本塁打の可能性が高ければ、相手ピッチャーが慎重になるので、四球が増え、出塁率が上がる。
③プロ野球選手になれるだけの天賦の才がある以上、打撃は肉体面より精神面に深くかかっていると心得よ。

ビリーは勝率と関係が深いデータとして、出塁率と長打率を取り上げていた。むしろ、重要なデータはこの2つしかないと断言している。この2つを足した数字は「OPS」と呼ばれる。
また、出塁率と長打率を比べたとき、「出塁率の方が長打率より3倍重要だ」と考えている。出塁率とはすなわち「アウトにならない確率」「スリーアウトにより攻撃が中断されない確率」にほかならず、以後、アスレチックのフロントは、出塁率に異常なほどこだわるようになった。


3 セイバーメトリクスの誕生
ビル・ジェイムズは野球をデータによって分析しようと試み、これを「セイバーメトリクス」と命名した。

当時、メジャーリーグの公式データは貧弱であり、野球のインプレーデータは球界の関連企業に独占されていた。ジェイムズは、内部関係者に頼らずにメジャーリーグを分析しようという計画をプロジェクト・スコアシートと名づけ、着手する。ほどなく、STATS社がこのプロジェクトに同調した。STATS社もかなりよく似た目標を持っていて、クレイマーいわく「野球の試合中に起こるおもな出米事をできるかぎり完壁に記録する」ことをめざしていた。
しかし、報酬をもらってプロチームの監督をやっている人間が、こういったデータの重要性を認識していなかった。科学的に分析するための情報を集めようとさえしない。STATS社がせっかくの情報を見せても、試しに無料で提供しても、ほとんど関心を示さなかった。
立ちはだかっていたのは、社会的、政治的な壁だった。いくら弱小球団とはいえ、プロ野球経験のないものが、監督やスカウトや選手をさしおいて、まったく新しい野球術を押しつけるわけにはいかない。

旧態依然とした野球チームの態度に見切りをつけたかのように、ジェイムズは自作のデータ集である『野球抄』の発行を辞めてしまう。それにようやく目をつけたのは、10年後、アスレチックスのゼネラルマネージャーに就任したビリー・ビーンであったのだ。


4 常識外れのドラフト戦略
2002年のドラフトで、他球団と全く違う基準で選手を測ったアスレチックスは、20人の指名候補選手のうち13人を獲得することに成功する。
アスレチックスの資金は4000万ドルだが、ヤンキースはその3倍の資金がある。元手がないからには、お買い得の選手、例えば無名の若い選手か、過小評価されているベテラン選手を狙わなければならない。この独自のドラフト戦略により、他球団と総年俸が大きく差がついている状態にも関わらず、2001年に102勝しプレーオフに進出している。


5 グラウンド全てをデータ化する
AVMシステムズ社――アスレチックスが選手評価のアルゴリズムを作る際に真似をした会社――は、球場におけるすべての出来事を数値化する企業だった。打点やセーブといった、状況に付随するデータを無視したのはもちろんのこと、従来方式の記録はいっさい使わなかった。AVMのコンピューター内部には、ひとつの試合が膨大な派生状況の集合体というかたちで登録され、現実世界とはくらべものにならないほど的確な、別次元の選手評価が可能になった。
仮に、軌道Xで速力Yのライナーが地点九六八に落下したとしよう。過去10年のデータと照合すると、ほぼ同じ打球が8,642例ある。うち92パーセントが二塁打、4パーセントが単打、4パーセントが捕球されてアウトだった。打つ前は得点期待値が0.50の場面だったと仮定する。実際にはまだ何も起きていないうちから、打者には得点の可能性が0.50、投手には失点の可能性が0.50あったわけだ。ここで先ほどの打球が飛んで、ジョニー・デイモンがお得意のジャンピングキャッチでみごとに捕球したとする。デイモンは0.50を0に抑え込んで、チームに貢献したことになる。このように、打撃や捕球がどんな意義を持つかは、場面に応じて客観的に決まる。過去10年の平均と比較してどのぐらい良かったか悪かったかで、各プレーの価値を判定できるというわけだ。


6 トレード戦線
資金の乏しいアスレチックスがなぜこんなに勝ち続けるのか、その理由の一端は、シーズン途中の巧みな戦力補強にある。成績不振の球団が望みを捨て、コストを削減したくなり、選手を売りに出す。供給がだぶつき、値段が下がり、いい選手がお買い得になる。そのときアスレチックスはじたばたと電話をかけまくり、ありとあらゆる提案をして、トレードを実現させようとする。“流し釣り作戦、とビリーは呼んでいるが、つまりほかのゼネラルマネージャーと何げないおしゃべりを楽しんでいるようでいて、内心、相手のふとした言葉の奥にある大きな情報をつかもうとするのだ。それぞれのゼネラルマネージャーは各選手をどう評価しているのかが、トレードの成功に役立つ。駆け引きの構図としては株式売買と大差ない。よりよい情報を持っている者が優位に立てる。


7 DIPSと「運」
投手の成績データは、毎年安定しているものもある。与四球、被本塁打、奪三振あたりは、増減の波が小さいだろう。だが、被安打率はどうも変化が激しい。

ここから大胆な仮説が導かれる。
①ホームラン以外のフェア打球は、ヒットになろうとなるまいと、投手には無関係なのではないか?
②いままで投手の責任とみられていた部分が、じつはただの運なのではないか?

150年のあいだ、グラウンド内のフェアゾーンへ飛んだ打球(つまり、ファウルとホームラン以外の打球)が安打にならないようにするのは投手の能力だと評価されてきた。だが、ホームラン以外のフェアボールは、ヒットになろうとなるまいと、投手の責任ではない。これが「DIPS(守備的要因を除く投手力数値)」の誕生のきっかけだった。


8 データ野球の果てに
毎年、ビリー・ビーンひきいるアスレチックスがプレーオフ進出を決めると、ふたつの事態が進行し始める。第一に、ごく一部のスタッフが新聞の力を利用して、待遇の改善をそれとなく求める。もう一つ、プレーオフ進出決定後にいつも始まるのが、コーチ、選手、報道陣がいっせいに、バントも盗塁もしないという基本方針について不満の声を挙げることだ。足が遅い遷手までが、ポストシーズンでは「積極的に仕掛けていくべきだ」「流れを自分たちで作っていく必要がある」と言い始める。盗塁必要論の再燃、とビリーは呼ぶ。
アスレチックスがポストシーズンで負けると、誰も彼も盗塁のせいにし、「得点を作り出そうとしない」と批判の声を上げる。しかし、実際はレギュラーシーズン中の平均得点4.9点よりも、プレーオフ5試合の平均得点5.5点のほうが高い。真の敗因はその逆で、シーズン中の失点が一試合平均4.0だったのに対し、プレーオフでは5.4点取られたことにある。
5試合しかしないプレーオフはシーズンよりも格段に運の要素が強いため、最後の最後でツキがないと、「科学頼みの野球なんてやっぱり無意味」と批判されてしまうのだ。

ビリーの心にはひとつの不安があった。いつの日か、ポールとふたりでさらに効果的な方法を見つけて少ない資金で輝かしい球団を生み出すかもしれない。が、ワールドシリーズの優勝記念指輪をひとつかふたつ持ち帰らないかぎり、誰も気にかけてくれないだろう。そしてもし優勝できたとしても、たった一時もてはやされ、やがて忘れられる。たとえほんの一瞬でも、自分が正しくて世界が間違っていたのだということは、誰にも理解してもらえない……。

しかし、一見奇妙なかたちをしたアイデアの数々は、アスレチックスの選手を着実に成長させているのだ。

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感想投稿日 : 2022年2月3日
読了日 : 2022年2月3日
本棚登録日 : 2022年2月3日

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