記憶を失くしてしまうことが、人をこんなにも危うい存在にするものなのかと愕然とする。
同時に、失くしたくても失くせない記憶が変わりたくない人を変え、あるいは変わりたい人をその場に縛りつけたまま離そうとしない、そんな枷となることが悔しくていたたまれない。
記憶を失った「俺」の語りでストーリーはすすんでいくので、わたしも彼の視点で彼が愛した石川良子や、狂人ぶりがユーモラスでもある御手洗潔を見ていた。
だから良子が次第に情緒不安定になっていく様子には、「俺」を元の場所に帰すためにわざと離れさせようとしているのだろうなと、「俺」と同様に愛しさを募らせたし、「俺」を救うべく真相を明かす御手洗の言動に、(御手洗の言うとおりだろうなと思いながらも)「俺」とともに抗い、猛然と反発する気持ちでいた。
それほどまでに「俺」と同調していたわたしだったので、「俺」に失われた過去の記憶が浮かびあがりはじめてからは、心臓がバクバクしっぱなしだった。その過去があまりにも戦慄するものだったので、激しい怒りと恐怖に耳鳴りがしたくらいである。そのうえ「俺」には過去の記憶ばかりではなく更なる悲劇が襲いかかり……
きっとわたしが「俺」の立場になっても、同じように行動しようとする気持ちは確実に生まれたはずだ。行動しないとはっきり言える自信はない。
ところがここで、憤りと憎しみで轟轟と高ぶる「俺」とわたしの前に御手洗が登場する。
何事か御手洗が話しているのだけれど、「俺」同様にわたしの頭にもしばらく何も入ってこなかった。
「はっ?どういうこと!?」
事件の真相が明らかになるにつれ、「俺」とわたしはパニックに陥る。
はぁ、わたしは深くため息をつく。なんたることか。「俺」にまつわる全ての謎が明るみになり茫然とする。ある程度は覚悟していたけれど、「まさか……ここまでとはな……」と、つい赤井秀一(名探偵コナン)のセリフを呟いてしまった。今回の犯罪で天分を発揮した黒幕。彼と御手洗の再会はあるのだろうか。
あぁ、手にふれることのできない記憶というものは、まるで砂時計の砂のようだ。
零れ落ちる砂をとめることはできないし、時計をひっくり返すことで、簡単に砂を彼方から此方へ、此方から彼方へ移すことができるのだから。
御手洗が呼ぶ「俺」の名前に、これからの彼の未来を思い浮かべる。
一夜の夢であってほしい。
そんなとても悲しい物語だった。
- 感想投稿日 : 2022年2月5日
- 読了日 : 2022年2月5日
- 本棚登録日 : 2022年2月5日
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