詩・ことば・人間 (講談社学術文庫 672)

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  • 講談社 (1985年2月1日発売)
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著者の『現代芸術の言葉』、『言葉の出現』(以上、晶文社)、『ことばの力』、『詩とことば』(以上、花神社)、『私の文章修業』(共著、朝日新聞社)の四冊の著作から、「ことば」をテーマにした文章を再録した本です。

著者は、人間がことばを所有しているのではなく、人間がことばによって所有されると考えます。「いのちとリズム」というエッセイでは、われわれが詩や歌のなかに「宇宙のリズム」を感得し、それは宇宙的な生命現象との「共振・共生・共滅」だと述べられます。こうした意味で、われわれはことばという宇宙のなかに包まれていると著者は主張します。

しかしこうした発想には、宇宙的な生命を実体視してしまう危険性がつきまとっているともいえます。著者の議論は、そうした危険性に対してやや無頓着ながらも、興味深い論点を提示しながら展開されていきます。なかでも興味深く読んだのは、われわれが使っていることばは氷山の一角のようなものであり、海面下に沈んでいる心をほんのわずかにのぞかせる窓であるという議論でした。著者は、これは傑作だからぜひ読んで見るとよい、とひとにすすめられて読んだ古典的傑作が、退屈に感じて投げ出してしまったという体験を語ります。古典と呼ばれるような作品のことばは、ごくささやかで当たり前のものの連なりにすぎませんが、そうした平凡なことばの背後に、それまで水面下に隠れていた大きなものが感得されるときがあると著者はいいます。このようなとき、ひとは古典がもつ豊かな作品世界に入り込むことになります。そのことばは、そうした豊かな世界をわれわれに提示する「贈り物」であると著者は論じています。

著者はまた、フランス語で「贈り物」を意味するcadeauが、元来「大文字」を意味しており、その後「男が女の気を引くために贈られる言葉」を意味するようになって、一般に「贈り物」を意味するにいたる経緯に触れています。おそらく著者は、ことばという宇宙にわれわれが囲い込まれているというスタティックなイメージではなく、むしろことばによってわれわれの前に豊かな世界が次々と開示されていくというダイナミックなイメージによって、われわれとことばの関係を理解していたように思われます。そうしたことばの「運動」が、「宇宙のリズム」という著者の考えの真意だったのかもしれないと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学研究・批評
感想投稿日 : 2020年6月10日
読了日 : -
本棚登録日 : 2020年6月10日

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