探偵のように頭が切れるが、関わった人間がみんな死ぬか殺人犯になるかする特異体質のトランジ。その親友のピエタ。二人は周囲に巻き起こる事件を解決したり、わざと犯人を逃がしたりして異常な日々を楽しく過ごしていたが、ピエタがもう一人の友人をトランジに紹介したことで、徐々に世界の均衡が崩れはじめる。青春ミステリーみたいなポストアポカリプスSF。
長く続く探偵シリーズものでよく言われる、「これって探偵自身が殺人事件を誘発する死神体質なんじゃないの」みたいなやつ。あれが実際一人の女の子に備わっていて、しかも他人に感染するという設定。だから高校時代に運命の出会いを果たした二人の青春ミステリーみたいに始まるんだけど、途中で感染爆発が起き、殺人が日常になったポストアポカリプスの終末世界をサバイブするババアたちの姿で終わる、少々アクロバティックなアンチミステリーである。
そして、この小説はさまざまな〈女の苦しみ〉を描いた小説でもある。読んでいてちょっと鼻白むくらい、女性特有の社会的な悩みがでてきては犯罪の動機になったり被害に遭う理由になったりする。ネットニュースとSNSの議論を見ているみたいな気持ちになるのは著者も折り込み済みなのだろう。一つずつの事件は短く、重たくなる前にピエタのギャル口調でサクサクと斬られていく。だからと言って重たい現実から目を背けろと言っているわけでもない。
トランジは一人の女の子であると同時に、既成の世界から拒絶された人間の象徴だ。「お前さえいなければ」「お前さえ黙っていれば」と抑え込まれ、それが当然と思われることに反抗する。ピエタはトランジと一緒に暮らす世界を諦めない。それはトランジを抑え込もうとするのと同じ力に、ピエタも反抗している一人だからだ。トランジを拒絶する世界を肯定することは、自分を偽って生きるということだからだ。
いくつもの事件を通して、二人は世界が自分たちに押し付けてくるさまざまな〈意味〉を剥ぎ取っていく。そうして自分を解放していく。その作業は本来ミステリーとは相性が悪いはずだ。わからないものに意味を付与していくのが謎解きなのだから。現に二人が本当の意味で世界に受け入れられるのは、人々が謎解きを求めなくなってからだ。ピエタはトランジの推理力を誇るが、それはもう「ちょっとした特技」以上の何かではない。既成の価値観が壊れ、ミステリーが解体されると、死をもたらすアンチ・キリストだったトランジもなぜかその隣に居続けることができたピエタも、特別な意味を失ったただの人になれる。『マッド・マックス』+『地球の長い午後』みたいなポストアポカリプス世界が、二人にとっては約束の地だったという結末の清々しさ。
なぜピエタだけがトランジの影響を受けず、トランジを看取ることができたんだろう。トランジに出会う前からピエタを名乗っていたからだろうか。答えはない。探偵がもし死神だったとしたら、その人を一人にしない助手ってものすごく大事な存在なのかもしれないと初めて思った。
- 感想投稿日 : 2022年10月29日
- 読了日 : 2022年10月28日
- 本棚登録日 : 2022年10月29日
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