写本の文化誌:ヨーロッパ中世の文学とメディア

  • 白水社 (2017年7月22日発売)
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活版印刷が生まれる前、本はすべてが一点物だった。写本ができるまでとできてからの動向を追い、ドイツを中心に、中世の貴族社会におけるメディアとしての写本文化を考える。


副題は「ヨーロッパ中世の文学とメディア」。本づくりが一大事業だった時代、それは宗教的・政治的にどんな力を持っていたのか。初期は大がかりな写本づくりは修道院の写字室で、書記担当の修道士たちによっておこなわれていたが、世俗の世界にも文官という役職が生まれるに従い、写本づくりも町の工房へと広がっていった。また、修道院が経済的な理由で世俗文学の写本や、ゲーム盤やカルタなどの作成を請け負うこともあったという。
本書の中心トピックは、やはりマネッセ写本という美本が生まれた背景を追う第2章だろうが、個人的に面白かったのは〈作者〉という概念の誕生過程に迫る最終章。注文主(パトロン)と詩人と書記の関係は、作品に署名してオリジナルを主張するのが当たり前の現在とは当然異なる。13世紀の神学者ボナヴェントゥラは、写本テキストの筆者を「書写する〈書記〉、つけ加えるが自分の考えは入れない〈編纂者〉、テキスト解説のために自分の考えを入れる〈注釈者〉、自分の考えが主で、それを補強するために他のテキストを引用する〈作者〉」という4つのカテゴリーに分けたという。
また、写本研究史上の反省も興味深かった。たくさんの異本を組み合わせれば「正しいオリジナルのテキスト」が抽出できるという思い込みは、中世ドイツにあたかも標準語があったかのような幻想から生まれている、というくだりなどはさまざまな歴史研究で肝に銘じなければならないと思う。図版も穴が空いた羊皮紙や、破損して糸で縫われたページなど見れるのが面白い。ヴェラムが本当に貴重なものだったことが窺える。羊皮紙の本、一度触ってみたいなぁ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 評論
感想投稿日 : 2021年5月3日
読了日 : 2021年4月23日
本棚登録日 : 2021年5月3日

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