イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

  • 光文社 (2006年10月12日発売)
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「イワン・イリイチの死」
腎臓だとか盲腸だとか書かれているが、けっきょく原因はよくわからない。わからないけど確かなのは、イワン・イリイチの肉体は死に向かって着実に歩を進めているということ。
しかしイワン・イリイチがとり憑かれるのは病魔ばかりではない。……たとえば死への恐怖、医者や家族への不信、周囲からの孤立、おさえようのない呻き声、下の処理ができない屈辱感、気まぐれに襲ってくる激痛、絶えずつきまとう精神の苦痛、なにかのためにではなくただ苦しまなければならないという絶望感、死にたくはないが治ることはありえないという無力感……。
作者は死にゆくひとりの人間の精神を容赦なく解剖していく。だからここで描かれるはいちいち丁寧に切り取られ陳列された精神の臓腑なのである。作者の解剖が完成したところでイワン・イリイチの役目が終わる。そしてそこで彼にはやっと安息が与えられるという仕掛けなのだ。

「クロイツェル・ソナタ」
夜を徹してひた走る列車の車両。三人の乗客がおのおのの結婚観をぶちまける。
老人「円滑な結婚生活を送りたいのなら、主人がその妻を若いころからしっかりとしつけておくことが肝心じゃ。そして妻はそんな主人を畏れ、主人に黙って従うものなのじゃ。そんなこと昔からちゃんと決まっておるのじゃ。」
おばさん「あ~ら、そんなのまるで化石のような価値観じゃございませんこと? 女も感情を持った一個の人間でございますでしょ。だから自分を押し殺してまで男の好きにされる筋合いはありませんことよ。結婚生活を成立させるのはたったひとつ、真実の愛ざ〜ますわよ。」
おっさん「みんな正直になろうじゃないか。そもそも一年以上も愛情など続くわけがないのだ。結婚生活に存在するのは性欲と嘘と憎しみだけ。だから当然のなりゆきとして、夫婦は数えきれない修羅場を経験したあげく、その仲はいずれ完全に崩壊するものなのだ。そうなると妻は簡単に浮気に走る。それを知った夫は激昂のうえ妻を絞め殺す。――あ、わたしですか? わたしの場合、奥さんは刺し殺しましたけどね。」
………もちろん「結婚」というのは”制度”。そしてそれを行うのは人間という”生き物”。だからいろんな問題や支障はそこに生じるでしょう。
いやしかしこれは結婚がどうだとかいうより、このおっさんが悪い。こんなおっさんに関わったら全てのひとが破滅して終わるだけ。でしょ?

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 外国文学
感想投稿日 : 2022年3月22日
読了日 : 2022年3月21日
本棚登録日 : 2022年3月21日

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