新装版 海と毒薬 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2011年4月15日発売)
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感想 : 207
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やっぱり名作はすごい。
印象的だったのは、戸田の語る【良心】について。

「俺が怖しいのはこれではない。自分の殺した人間の一部分を見ても、ほとんどなにも感ぜず、なにも苦しまないこの不気味な心なのだ。」

普通はこんな非倫理的なことをしたら自分の心が痛むはずだ、という思いをもって捕虜の手術(解剖)に臨んだのに、実際何も感じなかった。
反対に、子どものころに、誰に見せるためでもなく「善いこと」をしたけれど、良心の悦びや満足感は全く湧いてこなかったというエピソード。

良心の呵責とは、他人の目や社会から罰を受けることへの恐怖だけなのか。良心とは、自分だけで完結するものではないのか。ちょっと、というかかなりドキッとした。

解剖したおかげで新たな治療法がわかるのならば、たしかにそれは「殺した」のではなく「生かした」になるのかもしれない。けれど・・・と思っていたところに、戸田の台詞。

「俺もお前もこんな時代のこんな医学部にいたから捕虜を解剖しただけや。俺たちを罰する連中かて同じ立場におかれたら、どうなったかわからんぜ。世間の罰など、まずまず、そんなもんや」

これはきつい。
こうなると結局何もしたって良心は傷まないし、何をしても許されることになっちゃう。でもたしかに、時代と立場のせいにもできる。

明確な信仰(良心?)をもっていないと、人間はどうなってしまうのか。同調圧力に負けてしまうのではないか。ということがテーマのひとつになっているそう。
同調圧力という名の毒が体にまわって、そのまままわりに流されてどんどん波にのまれていく。そして暗い海の底へ。

体の中でドロドロした暗いものがぐるぐるしているような感覚になった。
(・・・そういえば知念さんの作品には、血管を水銀が流れているような、という表現がよくでてくる気がする。)
(最近知念作品読みすぎです!)



「こいつは患者じゃない」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年8月9日
読了日 : 2023年8月9日
本棚登録日 : 2023年4月9日

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