アリョーシャ、イワン、ミーチャ。どの兄弟も背景が遠大です。
卑近な話題で1つ。エヴァンゲリオンの監督、庵野秀明さんがNHKのドキュメンタリーでこんな事を言っていました。
曰わく、自分は伝わるだろうと思っている演出や台詞が観客の心には痛いほど届いていない、と。
少なくとも私は、なぞが多い作品、解明するのが難しい。しかしそれが面白い。そう思っていました。
庵野さんは、こうも言います。
解釈が分かれるような、白黒がつかない表現は、これからメディアから駆逐されるだろうと。よくわからないものは、つまらない。そういう世界になるだろうと、予言のように呟いていました。
なぜ急に時事ネタを書いたかというと、カラマーゾフの兄弟がまさにこの課題をぶちとばす、トンデモ本だからです。
登場人物1人1人の曖昧さを減らすべく、その生い立ちからパーソナリティまで、余すところなく描写する。
独白と、それを自覚する心の動き。価値観まで他の人の言葉を借りて言葉にします。
その点、庵野のいう白黒をつけようとする現代風の表現なのかもしれません。
ですが、この作品はその先があります。これだけ説明された上でも、ほんの少しの仕草が読み取れない。
意図が読み取れないことが出てくるのです。
9割の解説の横に、1割の謎。この謎がわかりません。
気づいたら本の中に手書きメモが散らかっていました。
アリョーシャはきっと、こんな気持ちになったのではないか?
フョードルは世界をこう解釈しているに違いない、と。
このあとの、あと4冊。本当は解説サイトをみたいのですか、人生初のカラマーゾフは先入観なしに読み進めてみようと思います。
あと、個人的にはフョードルの権威を小馬鹿にした態度がたまりません。もっと盛り上げてほしいものです。
- 感想投稿日 : 2021年7月3日
- 読了日 : 2021年7月3日
- 本棚登録日 : 2021年7月1日
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