14世紀の中世が舞台
見習修道士だったアドソが当時の出来事を振り返りすっかり年老いた今、ラテン語で当時を綴る…という洒落た設定
手記として残した7日間、各一日が典礼時刻に合わせ区分されている
7日間の出来事、それは北イタリアの修道院という特殊で閉鎖された環境で連続殺人事件が起こるのだが…
これを修道士ウィリアムが事件現場の修道院長に解決を依頼され、シャーロック・ホームズ的に事件に立ち向かう(ワトソン役はもちろんアドソ)
ウィリアムは対立する教皇側と皇帝側の間を調停するための密使として派遣された気持ちの良いほどのキレ者
知力と論理的思考を惜しみなく発揮してバッサバッサと解決を試みていく
後のアドソは「書物と共にあって、書物によって生きている人びとのあいだに起きた事件」としている
なぜならば鍵を握るのが修道院の文書館のある1冊の書籍だからだ
この修道院は世界最大のキリスト教文書館(今でいう図書館)があり、最上階の文書庫は立入禁止になっている
ここは異形の建物で、仕掛けのある迷宮だ
自分がどこにいるのかわからなくなるというミステリアスな場所
本書の中に平面図があるのだが、ここに付箋をつけて読むのがおススメだ
七角形の部屋が4部屋、窓のない部屋が…とこんな描写が続くので想像力が止まらない
これだけでも十分ミステリーとして楽しめる
ミステリー仕立てであるものの、ハッキリ言ってミステリーは二の次でいいんでしょ、エーコ様…
エーコ様の中世研究者としての知識がさく裂する
複雑奇怪な内容をエッセンスにしているが、本書に仕掛けた数々の知と教養、歴史背景、社会情勢をご覧あれ…(背景がわからなくてもキリスト教社会やそれに絡む出来事にたいする強い主張を感じることができる)
前知識として以下がわかればだいぶ楽に読める
(あくまで個人的見解)
この本の14世紀っていつよ
11~13世紀がキリスト教最盛期、教会が絶大なる力を持ち、皇帝と教皇の争いの時代にあたる
(ちなみに有名な「カノッサの屈辱」ハインリヒ4世×グレゴリウス7世の時代は11世紀)
本書にあたる14~15世紀はキリスト教の衰退期
皇帝と教皇の争いは引き続くのだが、この頃は本来の意味から離れ、都市間の争いや、派閥抗争だった模様
さらにいうと、フランス王は教皇庁を南フランスのアヴィニョンに移し(「ローマ教皇のアヴィニョン捕囚」)、以後約70年にわたってそれをフランス勢力下におき、その間の教皇はすべてフランス人という異常な事態を引き起こした
この時のローマ教皇はフランス人ヨハネス22世であり、悪しき者としてエーコは結構ハッキリ描いている
修道院について
抑えておきたいカトリック修道院
■ベネディクト会…古参のお金持ち修道会(本書でいう事件現場)
■フランシスコ会(ウィリアム所属)とドミニコ会は新参の清貧を旨とする修道会
フランチェスコ(フランシスコ)修道会が皇帝と結びつくのだが、この修道会は「清貧に関する厳格主義派」で、「富を拒む」という姿勢
またこの「清貧論争」から異端論外が発生していく…
といってもこじつけが多くハッキリいって権力争いに巻き込まれていく…と解釈しても差しさわりがない気がする
この辺りはややこしい上、それぞれの思惑が複雑に絡み合うため、理解しきれない(泣)
ちなみにウィリアムは元異端審問官(バランスの取れた判断が高く評価されていた)であった
この「異端」や「派閥」に対する問題が非常に難しい
何を以て異端なんだ…
もちろん信仰深い敬虔な信徒だって多くいるのだろうが、なんせ野望と権力・派閥争いの下心アリアリ権力者が「異端」を振りかざして好き放題しているようにしか思えない
この時代のキリスト教に対する深い深い考察をしたエーコの思いや考えがガッツリ顔をのぞかせる
ここは日本人にはなかなか馴染みがないので詳しくない(私のような)人間にはピンとこないのだが、わからないなりに実に興味深いのです
信仰って、真実って、神って…と考えさせられる
ちなみに難しくない話しで時代を感じるのは
「老眼鏡」や「方位磁石」がなにこれ?凄い!という時代です
あとこの辺りの知識があるとベターかなぁ
↓
ヨハネの黙示録、アリステトテレス詩学、ホルヘ・ルイス・ボルヘス
遺体発見の場は「ヨハネの黙示録」に描かれた世界終末の描写と酷似しているから
「笑い」について
アリストテレスの書物を引き合いに
善きものとするウィリアムと
虚偽の文句を使うのを悪しとし、反対するホルヘ
で、ホルヘのモデルは
エーコが影響をうけたと言われるホルヘ・ルイス・ボルヘス
ボルヘスはアルゼンチンの国立図書館の館長で、盲目となった人物で、さらに「迷宮図書館」を主題とした作品がある
(気になるけどなかなか難しそうである いつか挑戦)
さて本書でもっとも人間の感情に迫ったと感じた内容がアドソの恋(なんでしょうけど、ブツブツ)
年少の頃、敬虔であるにも関わらず異端と言われ、火刑されたミケーレの死
「死の陶酔」と感銘を受けたのだが、これと同じ感覚に陥ったのが、恋に落ちた女性との経験というアドソ
本来はかけ離れた現象であるのに、同じ言葉を用いることがある…と後に解説
喜びは炎となり、炎が死となり、死が深淵となって、深淵が破滅となり、破滅が失神となって、失神が情念となる
この辺りの描写は凄いです
はい
何ページもに及ぶアドソの考えと感情が文章になって波打ってくる
高波に襲われそうになるし、時々渦潮に飲まれそうになったりもする…
ミステリー、歴史小説、神学、言語文学、科学、哲学…
あらゆる分野が満載でエーコ様の教養深さを見せつけられ、もうそれに触れるだけでも読む価値のある書籍である
彼の凄いところはこの知力に負けず劣らずのユーモアのセンス
これがないと読者はついてこれないことを知っているかのよう
読者はまんまとエーコに乗せられているのだ
このセンスの良さは、ユーモアにとどまらず…
あらゆる教養と知識においても発揮されており、まぶしいほど!
溢れ出す言語、言葉に飲み込まれながら(溺れそうなほどだ)、想像力を掻き立てられる数々の仕掛け、
描写の緻密さ…
さらには人間の本質にもググっと迫る
あらゆる立場の人間の心の葛藤、揺らぎが描かれる
完璧にさえ見える元異端審問官であったウィリアムさえも…
さっきのアドソの心の葛藤なんかすごいんだから
罪を犯したアドソの懺悔と素直な心の描写は一体何ページに及んだことか…
教養があればもっともっと楽しめるだろうが、私程度の人間でも置いてきぼりを食らわずに済むような計算までしてある(気がする)
が、読み込もうと思えばどこまでも奥深く読むことができる
とにかく誰が読んでも、どんな知識の人間が読んでも、その各レベルと立場で楽しめるよう
すべて計算づくなのではないか…思ってしまうほどだ
先に映画を観ないと理解できないかとも思ったが、意外と読めた(気がする)
もちろん完全な理解からは程遠いがストーリーを追う上では問題はない
また先入観無で読むのも想像力を掻き立てられて面白い
…なのだが
が、しかし
なんかそれだけじゃあもったいんだなぁ
本の価値の半分以下な気がしちゃって…
結局2回続けて読みました(笑)
ショーンコネリーが大好きなので早く映画を観たいものだが、その前に下巻へ
- 感想投稿日 : 2023年3月21日
- 読了日 : 2023年3月21日
- 本棚登録日 : 2023年3月21日
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