薔薇の名前〈上〉

制作 : 河島 英昭 
  • 東京創元社
3.85
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本棚登録 : 2509
レビュー : 201
  • Amazon.co.jp ・本 (413ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488013516

作品紹介・あらすじ

迷宮構造をもつ文書館を備えた、中世北イタリアの僧院で「ヨハネの黙示録」に従った連続殺人事件が。バスカヴィルのウィリアム修道士が事件の陰には一冊の書物の存在があることを探り出したが…。精緻な推理小説の中に碩学エーコがしかけた知のたくらみ。

感想・レビュー・書評

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  • Il Nome della Rosa(1980年、伊)。
    著名な哲学者の書いた処女小説にして、世界的ベストセラーとなった傑作ミステリー。

    …14世紀初頭、欧州。
    長期に渡りカトリック教会を、ひいては欧州社会を牽引してきたベネディクト会の優位に影がさしつつあった。
    清貧論争をはじめとする異端論争。
    のちに近代科学へと繋がる新しい思想の出現。
    そして、俗世の新興勢力の台頭…。
    そんな中、イタリアの某僧院で、修道士が次々と奇怪な死を遂げる事件が発生する。ヨハネの黙示録になぞらえたかのような猟奇的事件に、フランチェスコ会の修道士ウィリアムと、その弟子アドソが立ち向かう。……

    ホームズ&ワトソンを彷彿とさせる、探偵と助手のコンビ。孤立した修道院というクローズド・サークル。ヨハネの黙示録になぞらえた猟奇的殺人は、童謡になぞらえた殺人を描いたアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』や、ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』を連想させる。

    ミステリーファンを満足させる本格推理小説の形式を踏襲しながら、しかしこの小説の真価は、ミステリーの枠にとどまらないテーマの多層性にある。この作品を存分に味わうためには、作品そのものを読む前に、どれほど多くの教養書を手に取り、読み尽くさなくてはならないことだろう! 聖書は当然のこととして、中世ヨーロッパ史、思想史、科学史、美術史、哲学、神学、文学などなど。絢爛たる学術的知識が盛りこまれた、非常にペダンティックな作品なのである。(下巻へつづく)

  •  修道士のウィリアムとその弟子アドソは、調停役として、二つの会派で起こった論争の調停が行われる巨大な文書館を持つ修道院を訪れる。しかし、そこで殺人事件が発生。二人は事件の調査に乗り出すのだが…。

     上巻読み終えた時点での感想ですが、最も印象的なのは夜にウィリアムとアドソが迷宮のような文書館に足を踏み入れるところ。これはRPGゲームで、未知のダンジョンに足を踏み入れた時のようなワクワク感がありました。

     謎めいた本に古代文字を使ったメッセージがまず最初に現れ、手に持った灯りだけを頼りに広大な文書館に足を踏み入れれば、そこに広がるはたくさんの書架。巧妙に計算され建築された文書館は、歩いていると方角が分からなくなり…

     文書館の探索の場面はそこまでページ数が割かれているわけでもないのですが、作中でウィリアムが時間の感覚が無くなってきた、というように、読んでいる自分も本を読んでいる感覚がマヒしてきたというか、
    このレビューを書くのに、改めて探索の章をパラパラとめくってみると、思っていた以上その場面のページ数が少なくてびっくりしました(笑)。それだけ、満足感が高く内容の濃かった場面だった、ということだと思います。

     そして二度目、アドソが一人で文書館に向かうシーンも印象的。そこでアソドが導かれるように本に出会い、また一人の少女と出会うシーンの幻想的かつ美しい。その場面と文章に魅せられてしまいます。

     正直なところ、作中の宗教関連の話は半分以上頭に入ってきません(笑)。それでも読ませるのは、やはりこの作品の引力が相当なものだということだと思います。下巻はどうなるのかなあ。
     
    1991年このミステリーがすごい! 海外部門1位
    このミステリーがすごい! 海外部門ベストオブベスト1位

  • エーコの「薔薇の名前」を再読し、 改めて恐ろしい本であることを認識する。ミステリーとして最初に読んだ時の面白さも、依然ある。但し、結末を覚えているので「知りたい」気持ちに急かされることなく、最後まで比較的じっくりと読む。再読のきっかけとなったボルヘスの短編集と比較して読み直してみたのだが、「薔薇の名前」が「紙葉の家」に与えた影響についても考えが及ぶ。オリジナルの手記があって、手記の話の中にも隠された写本があり、全体を著者が翻訳したメモを基に書き起こした、というスタイル。さらにどれかどうと言えない程あるパスティーシュや、古典の引用。「紙葉の家」のスタイルは、ここにあったのかと、ぼんやり思う。まぁホラーとミステリーの違いはあるけれども。

    ミステリー、と思うのは読者の、あるいは出版社の勝手な思い込みで、著者がそう決めた訳ではない。エーコといえば「開いたテキスト」で有名だから、そこに書き込まれている変数に、勝手に手持ちの数字を入れて出て来た答えを持って行ってくれ、という類いの本だろう。それに、ボルヘスと同じように過去の文学作品などへのリンクも多々あり、読む側がどれだけついて行くのかによっても読み取れるものは変わってくる筈だ。それはそうだが、これはよく出来たエンターテイメントであると思うし、ミステリーと呼ぶことに個人的に抵抗はない。

    そもそも、主人公のフランチェスコ会の修道士からして、バスカーヴィルのウィリアム、という名前だ。シャーロキアンでなくても、コナン・ドイルの「バスカーヴィル家の犬」が連想されるだろう。また、イタリアを舞台の中心におきながら、この修道士がイギリス人で背が高いことや、また、弟子のドイツ人見習い修道士とのコンビからして、ホームズとワトソンの構図がどうしてもちらついてしまう。そうしてみると、盲目の修道僧ホルヘは、さしずめモリアーティということなんだろうか。

    ところで、ホルヘといえば、ボルヘスのミドルネームでもある。もちろん、エーコはどことなくボルヘスを意識してこの人物を描いているのに違いないと思う。博覧の盲目の老図書館長。それだけでも充分だが、そもそも「薔薇の名前」は架空の写本を現代に復活させたという構図を取っていて、一度手元から失われたその写本についての資料を発見するのが、ブエノスアイレスの古本屋であり、そこはボルヘスが国立図書館長を務めていた町でもあるのだから、偶然の設定ではない筈。

    もっとも、前回読んだ時には、こういう記号は基本的に無意味な記号に過ぎなかったのだけれど、今回は、もう少し色んなことに気がついた。そう解ると、読みながら、あれ、ここは斜めに飛ばして読んでたなぁ、という部分も随分ある。例えば、ウィリアム修道士と弟子のアドソの間で語られる長々とした師弟の会話など。ウィリアム修道士いうと、オッカムの剃刀で有名な実在の修道士だし、この架空のウィリアム修道士の友達としても文中に登場する。そして、ウィリアム修道士の尊敬する自然哲学派ロジャー・ベーコン。その辺を意識して読むと、話の筋とは直接関係なくにも、理性というもののあり方についての興味深い話があることに気づく。

    異端論議に絡んで、中世に交わされた論議も繰り広げられるが、その頭でっかちな話のやり取りに苦笑しつつ、その裏でウィリアム修道士の持っている自然派の考え方にどうしても心情的には傾倒してしまう。そしてまた、そのことをエーコが意識して書いている感じも伝わってくる。多分、エーコはほとんどの読者がそういう気持ちになることを見越したうえで、それが現代という視点から歴史を見ているせいであり、その時の議論の連綿たる結果として我々が近代科学を奉じている現代人だから、そう見えるのだということをやんわり指摘しているのだと思う。

    それでも、経過を忘れて結果だけから過去を見ることは可能だし、ほとんどの人はそうして居るんだ、ということを覚えておくべきだろう。例えば、本の中には、訳出すべきではないと著者が指定したラテン語の文章が出てくるが、その意味を知らなくても話の筋には影響がないようにも思える。ただ、それを知っていることと知らないことによる差があるかも知れないことは、忘れない方がいいんだろうとも思う。この辺り考え方について、エーコはボルヘスに比べるとニュートラルな感じがするけれども。

    本の中ではいくつかの論争が繰り広げられるが、そのほとんどのものは、既知の知識は「反芻」するものか「探求」するものか、という態度の違いの問題であると思う。そして、そのことは決して過去においてのみ起ったことではなくて、現代にもある問題なんだということは今回の読書で一番意識させられたことだ。もちろん、エーコのことなので、「そんな哲学的な意味は勝手に考えてくれっ」て態度も匂うのだけれど、今回は何となく哲学書を読んでいるような感じで読み終えた。もっとも「開かれたテキスト」の目指しているものというのは、きっとそれが提供される状況によって変化するような「言明」のようなものなわけで、そういう意味ではエーコがどっちの立場に立っているかは、はっきりしているとは思う。さらに言えば、この話の中では「聖書」とか過去の聖人たちの「文章」などの解釈を巡る論争があって、暗にそれらの文章が開かれた意味を持ってしまっている、ということも皮肉っているのかもしれない。この辺は、エーコの「永遠のファシズム」を読んだ印象も混ざっている。

    それにしても、「薔薇の名前」というのは仕掛けの多い本だと改めて思う。残念ながら、解説で説明されているようなヨーロッパの古典に精通していれば解るツボ、というのは自分には相変わらず伝わらないポイントであるけど、今回は今回で新しい「薔薇の名前」に出会えたように思う。何よりボルヘスとの関連に付いても一読者として確認できたことは良かった。多分またいつか「薔薇の名前」を思い出させる本と出会った時、戻ってくるんだろうな、という予感がする。ラテン語の勉強をしようかなぁ。

  • 『バウドリーノ』『前日島』『フーコーの振り子』と新しいほうからエーコを遡ってきて、ようやく小説第1作目の『薔薇の名前』に挑戦。1987年の映画はテレビでやったときに見たと思うのだけど、僧服を着たショーン・コネリーとクリスチャン・スレータ―が中世の僧院でなんかやってたなあという漠然とした印象しか残っていなくて、オチは覚えていなかったので素直にワクワクしながら読み進める。

    14世紀初頭、北イタリアのベネディクト会修道院。ある任務のために訪れたフランシスコ会修道士のウィリアムと、その弟子でベネディクト会の見習修道士アドソ。この○○会とか○○派とかの同じキリスト教の中にある派閥や異端、教皇庁と皇帝の関係などが実は複雑に絡み合って事件に影響を与えているのだけれど、正直難しすぎて全部は理解できないので、ざっくり把握するだけで流すことにする。でないと前に進めない。

    物語の舞台になる修道院には膨大な書物を蔵した文書館があり、その建物は四角形の四隅に七角形の塔があり、中央に八角形の中庭があるという奇妙な形状、1階は厨房と食堂、2階は修道士たちが写本や造本をする写字室、さらにその上に迷路のような文書館、しかしこの文書館には文書館長の許可がなければ自由に出入りできない。

    ウィリアムとアドソは到着早々、修道院長アッボーネから、アデルモという細密画家の修道士が遺体で発見されたことを打ち明けられ、事件の真相解明を依頼される。ウィリアムと旧知のフランシスコ会修道士ウベルティーノ、文書館長マラキーア、文書館長補佐のベレンガーリオ、古典翻訳家の修道士ヴェナンツィオ、盲目の老修道士ホルヘ、薬草係の修道士セヴェリーノ、厨房係の修道士レミージョ、その助手のサルヴァトーレ等、次々と怪しい人物が登場、事件に関する目撃証言をしたり、ウィリアム&アドソに協力したりする。

    しかし二日目、ある人物が、豚の屠殺場の血のツボの中から遺体で発見される。最長老ですでに恍惚境にある修道士アリナルドは、一連の事件を『ヨハネの黙示録』に関連づけ、ウィリアムたちに文書館への秘密の入り口を示唆、その日の夜ウィリアムとアドソは文書館へ忍び込むが、そこは入り組んだ迷路のように小部屋が複雑に配列され、入口ごとに黙示録の文言が表札されていた。そして三日目、アドソが単独で文書館に忍び込んだ夜、怪しい人物が逃げ去り、一人の娘がアドソの前に現れる。その翌朝、ついに三人目の死者が・・・。

    上巻はここまで。ウィリアムとアドソの師弟探偵はキャラクターが親しみやすいし、暗号解読、迷宮図書館からの脱出、スケキヨ状態の死体、禁断のBLなど、エンタメ要素が多いので、今まで読んだウーコ作品の中でダントツに読み易い。清貧論争や異端については難しい宗教的な対話が繰り広げられたりもするけれど、ウィリアムは新しもの好きで、当時はまだ珍しかったメガネを愛用、ガラス細工師である修道士のニコーラに新しいメガネを造らせようとしたり、磁石についての知識など、修道士というよりは科学者の目線で近代的な推理を展開する。

    偶然にも直前に『ヨハネの黙示録』を読んだばかりだったので、お、これ黙示録のやつ!とすぐわかるので理解の助けになりました。

  • 14世紀イタリアの僧院で起こる奇怪な連続殺人。老修道僧アドソの回想録。こてこてのキリスト教世界に慣れるまでに時間がかかったけど、一度ハマると癖になる世界観。文書館の雰囲気が良い。古今東西の貴重で美しい書物がひしめく、なにやらわけありな空間。主な登場人物は全員僧侶。細密画家、古典翻訳家、修辞学者、書物に関わる僧侶達が静かな写字室で仕事に励む様子にうっとりした。下巻にも期待。

  • 学部生の時に意気込んで買ったのはいいが、最初の数十ページで挫折。「こんな推理小説、どうせ大衆向けに書かれたものだろ。」と、自滅的なルサンチマンでこの本を分類していた(『私の名は赤』も『カラマーゾフの兄弟』も、大衆との対話を求めて推理小説の様式を取ったというのに)。

    以来、今に至るまで読み直すこともなかったが、それもそのはず。大人の読書をはじめたかはじめていないかの当時の自分には理解できるはずもなかった。

    その後、たまたま中世史の世界に足を踏み入れたから、膨大な当時の背景事情(修道院が担った知の継承や救貧などの役割、教権と帝権の絶えざる抗争、聖書やダンテの神曲と思われる部分の引用、そしてその聖書解釈から生じた聖務日課などの儀礼的習慣、(8=1という)建築を規定する数の記号論的・象徴的解釈)を理解できるものの、それでも本格的な神学論争に関しては人名も真新しいし、シャルトル学派の学者たちや托鉢修道会の幹部たちにいたっては、それぞれどのような思想を持ってどのような貢献をしたのかよく分からない。

    今でも謎として迫ってくる読書体験は稀有にして貴重なもの。だいじに読もうと思う。

    ちなみに、本書の英語版を無料でダウンロードできました。ラテン語の部分などはそのまま乗っけてあるから、参照しながら読むのに重宝します。日本語版についてとくに不満はないのだけれど、ラテン語の部分がカタカナで書いてあるのにはなんとなく違和感があるし。

  • 中世、僧院、迷宮、文書館、黙示録、暗号…、これだけの要素が集まったらワクワクせざるを得ない。
    そもそも人が死ぬ系のミステリー推理小説はあまり読まないのだが、この小説は事件は起こるが殺人メインではないのではないかという気がなんとなく読む前からしていた。主人公とその師はミステリーファンでもない私にもホームズとワトソンを髣髴とさせるが。
    時代は世界史で習った教皇のバビロン捕囚の頃。皇帝と教皇の対立に至る歴史の流れがわかっていないとつらい(作中でも少しは解説してくれるが丁寧ではない)。世界史の復習をしながら読んだ。
    キリスト教の中の派閥もよく知らないのでフランチェスコ会がどういう組織なのかもよくわかっていなかったが、中野京子さんの『名画の謎』にフランチェスコの絵が登場したのでその解説に助けられた。
    僧院の面々は皆が皆、何かを隠しているようで怪しい。彼らの秘密とと迷宮構造を持つ文書館はなんの関わりがあるのか?先が気になりページをめくる手が進む。

  • 上巻。本編の補足というには膨大過ぎるほどのページを費やしている宗教と歴史に関する解説、次から次へと登場するカタカナに溢れた名前…前半数ページの時点では自分にこの本を読み通せる力があるのか甚だ疑問でした。しかし中盤辺りから一気にミステリ色が強くなりページを捲る手が止まりません。幻想的で、時に甘美な表現にも惹きつけられます。

    感想は下巻に。

  •  トマス・アキィナスが「神学大全」を書き、ダンテが「神曲」を歌い、ベーコンが実証科学を進めた中世末期。時代は教皇、皇帝、フランチェスコ会、厳格主義派、小兄弟会、様々な勢力、セクトが蠢く中で、異端審問官と若きベネディクト派修道士がある僧院を訪ねる。
     見慣れぬ情勢に我慢すれば、僧院で起こるミステリーが飽きさせずに最後まで読者をひきつける。絢爛な中世的象徴と、そこに外れる異端的まやかし。中でも異彩を放つ7角形の僧院と書庫は1個の宇宙のように、存在し続ける。哲学的、神学的思惟の言語が入り組む。敬虔な主人公の祈るような語りと老成した修道士の怜悧な頭脳の間に中世の終わりが見え始める。

  • 映画の方が有名かもしれない。信仰と謎と疑惑に満ちた修道院を舞台に、修道僧連続殺人事件の謎を追う中世ミステリ…と言ってしまうと安っぽいが、本を読むロマンがふんだんにちりばめられた本だ。
    最も魅力的なのは主人公格の修道士ウィリアムの視点。あくまでもキリスト教徒として正しくあるように努めながら、真実の追究のためならば「神もお許しくださる」と、若くて青春真っ盛りの弟子アドソ(語り手)が驚くような冒険を繰り広げる。
    善とは何か。正しいとはどのようにあることか。真理を求める心が、論理的思考と科学の知識とを装備して、人間の面白さそのものを探っていく。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「本を読むロマンがふんだんにちりばめられた」
      まさしく、本好きのための本ですね。

      映画は比較的良く纏まっていて私は好きです。
      「本を読むロマンがふんだんにちりばめられた」
      まさしく、本好きのための本ですね。

      映画は比較的良く纏まっていて私は好きです。
      2012/09/11
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著者プロフィール

ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)
1932年1月5日 - 2016年2月19日
イタリアの作家・評論家・研究者。イタリア共和国功労勲章受章者。
1980年に小説『薔薇の名前』(lI nome della rosa)を刊行。それまでの中世美学や記号論の知見や研究成果をふんだんに用いて、フィクションの記号論的分析、聖書分析、中世思想研究、文学理論などを盛り込んだミステリー作として全世界でヒットし、映画化もされた。その他の小説作として『フーコーの振り子』(Il pendolo di Foucault)、『前日島』(L'isola del giorno prima)、『プラハの墓地』(Il cimitero di Praga)、『バウドリーノ』(Baudolino)など。
本来の出自である美学者・記号論学者としても、『中世美学史』『記号論』『ウンベルト・エーコの文体練習』など、世に知られた作品は数多い。

ウンベルト・エーコの作品

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